お化けトンネル

白河夜船

お化けトンネル

 おや。どうも。

 こんばんは。

 どうしたんです? ずいぶん酷い顔をしていらっしゃる。トンネルから出られない? 奇遇ですね。僕もなんです。大したことは出来ませんけど、お話くらいは聞きますよ。

 へえ。

 車に乗ってたんですか。トンネルに入って、それから…………顔色が悪いですよ。大丈夫。ゆっくり、落ち着いて話して下さい。急かしませんから。ね。

 車の前に人影が飛び出してきて―――轢いてしまったんですか? ……分からない?

 大丈夫。大丈夫ですよ。息を吸って、吐いて、ゆっくり、ゆっくりでいいです。―――――はい―――――――はい。

 避けようとしたんですねえ。それから、どうなりました? 何を見ました?

 ……………

 ……………

 ……………

 違うでしょう。

 見ましたよね。ちゃんと見たはずですよね。

 貴方の目が、一瞬、ほんの一瞬でしたがバックミラーを捉えたのを、僕ちゃんと見ましたよ。大丈夫。ゆっくり話して下さい。

 そう、そう。

 バックミラーに映ってましたね。何が映っていたんです? ああ、怖がらないで。大丈夫。

 車に纏わり付くたくさんの人間。

 見たはずですよ。見たはずです。

 


 あはは。



 何を怒っているんです?

 殺した? 僕が? 貴方を? あはは。あは。はははははははは。僕じゃないですよ。僕じゃない。僕じゃ……ん? いや、どうだったかな。分からないや。うーん……

 だって、こんなにたくさんいるんですもの。そうして皆が呼んでいるんですもの。誰の声が届いたか。誰の手が届いたか。僕達自身も分からないんです。はは。誰がやったかなんて、どうでもいいことじゃないですか。だって、誰にも分からないんだから。

 ―――どこに行くんです?

 え。帰る?

 もう死んでいるのに、帰ってどうするというんです? 何にもすることありませんよ。それにそもそも、どうやって出るつもりなんです?

 ………

 妻と子供が。それはそれは可哀相に。ご愁傷様です。

 いやだな、笑ってませんよ。

 ええ。ええ。

 本当に、ご愁傷様です。

 ………

 ……………そんなにご家族が恋しいのなら、いい方法がありますよ。呼んだらいいんです。ここに。

 家族が亡くなったのだから、事故現場へ献花をしに来るかもしれません。その時に、ね。あはは。そんな非道いこと出来ないって―――優しいですねえ。

 でも。でもね。

 貴方はやらないかもしれませんけど、ここにいる人達はどうなんでしょう。いや。脅しじゃないですよ。睨まないで。こわいなあ。

 まあ、聞いて下さい。

 長くここに留まってる人ほどね、呼ぶ気がなくても呼んじゃうんです。トンネルを通った人間全員が死ぬわけじゃないんですけど、時々貴方みたいな、不運な人が引き摺り込まれる。

 貴方の家族が、ここの誰かに殺されるかもしれないわけです。他人に殺されるくらいなら、貴方がやってしまった方がいいでしょう? どうせ、誰がやったか分かりやしません。

 む。

 そうは思わない? 善良ですねえ。

 じゃ、最後にもう一つ、いいこと教えてあげますよ。僕、ほんとはここから出る方法、知ってるんです。

 あはは。急かさないで下さい。

 簡単なことですよ。

 溢れさせればいいんです。つまり、ね。トンネルの中にいる死者が一定数を超えれば、誰かが外へ抜け出せる。たぶんですけど、貴方が入ってきたことで、ここから出られた人、いるんじゃないかな。

 あは。ははは。

 皆、分かってるんです。理性が溶けて、意識が曖昧になっても、分かってる。だから呼ぶんですよ。あはははははは。


 ………………………………あーあ。


 それじゃ、さよなら。


 せいぜい頑張って下さいね。いつか家に帰れるよう、心よりお祈り申し上げます。

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