才女とおバカの異世界転移 〜チートスキル『質量操作』を得たのはおバカな相方(JK)でした。私には何もなさそうなのでとりあえず頭脳戦で頑張ります〜

N岡

第一章

第一話 嫌がらせとキッカケ

 私は小石に好かれている。そう思うことにしたのはいつだっただろうか。体育から帰って来た時の教室の椅子の上、引き出しの中、シューズロッカーの中、美術で作成した彫刻の上、自転車のサドルの上——小石はどこにでも現れる。一つの時もあれば、二個三個固まっている時もある。小指の爪くらいの大きさから、拳大まで、大きさもまちまち。

 この現象が始まったのは、クラスのグループチャットで佐倉さんのことを指摘した翌日からだ。彼女が断りきれない性格であることを利用して、みんなが彼女に面倒ごとを押し付ける風潮ができていた。私はそれに否と言っただけだ。この密かな嫌がらせはもう一月以上続いている。


あおい、聞いてるのか葵キイロ!」

「へっ……!? あ、はいっ!」


 前田の声で白昼夢から現実に引き戻された。教室で前田と二人きり。今日は夏休みの出校日、進路相談の途中だった。前田は我が私立ラーテル女子高等学院文系特進クラスの担任で、北条義時に似ている。書道の筆みたいな髭が鼻の下と顎に生えているのだ。


「前回の模試から偏差値が三ポイントも下がってるぞ。一体どうした? お前ともあろう者が、悩み事でもあるのか?」

「い、いえ……大丈夫です」


 スカートの上で、拳を握りしめる。


「つ、次は頑張ります……」

「来週からまた夏期講習が始まる。月末の模試で挽回できるように気合い入れろ。このままじゃ東大の判定危ういぞ。えーっと次は……井口さんを呼んで。もう帰っていいよ」

「……はい」


 チャイムの音が遠い蝉の声をかき消して、私はせかせかと教室を後にした。

 廊下には、進路相談の順番を待つ数名のクラスメイトが。


「い、井口さん……次……」


 ドアの前に立っていた井口さんに声をかける。彼女はこちらを一瞥いちべつしただけで、返事もせずに教室に入って行った。

 ため息と共に歩き出すと、背後で他のクラスメイトたちが囁き合うのが耳に入ってくる。


「見て、ほら。かっこつけてため息なんか吐いてる」

「ふふっ、ちょっと勉強が出来るからって今日も主人公気分かな? ね、佐倉さん」

「う……うん」


 喉の奥が締め付けられるような感じがした。佐倉さんは私をかばわなかった。でも彼女に落ち度はない。この状況なら仕方ない。だって庇ってしまったら、今度はまた佐倉さんの番になる。涙をこらえながら、私は足早に立ち去った。

 あと一年半だ。あと一年半耐えれば、私は解放される。階段を駆け降りて、シューズロッカーまで走る。扉に手をかけて、動きを止めた。

 小石がありませんように。

 意を決して、開ける。じゃらじゃらと音を立てて小石が雪崩れ落ちてくる。二個三個どころじゃない。数えきれないほどの小石が入っていた。


「ははっ……」


 流石に笑いが出て来た。ローファーを取り、脱いだ上履きをまだ小石が残っているそこに突っ込んだその時、背後から舌ったらずで甲高いアニメキャラクターのような声が響いて来た。


「あ、キイロちゃんだ!」


 振り向くと、目を丸くして口元に笑みを浮かべたつむぎメルが居た。


「あ、メル……」


 思わず顔が引きつる。見られたくないところを見られてしまった。

 メルは私の幼馴染で、幼稚園と小学校が一緒だった子だ。中学は校区が異なり別々だったが、高校でまた一緒になった。ショートヘアで瞳が大きく低身長で線が細い。同性から見ても可愛い見た目をしていると思う。

 だが高校に入ってからは中学で疎遠になっていたのを引きずって、たまに鉢合わせた時に挨拶を交わす程度の仲になっていた。特進クラスと普通クラスの間にある見えない壁みたいなものも作用していたかもしれない。


「わわっ! 小石が沢山落ちてる!」


 メルが駆け寄って来て、シューズロッカーの周りに散乱する小石をまじまじと見つめる。


「いや、うん……えーっと、これは……」

「さてはキイロちゃん! 小石マニア?」

「え……? 小石マニア……?」

「ふふふ〜ん、隠したって無駄だよ。キイロちゃんの自転車の上にも小石が載ってるの見たもん」

「いやそれはそうじゃなくて……」

「小さい頃は二人でよく小石集めしたよね。やっぱりキイロちゃんもまだ小石集めしてくれてたんだー。なんかものがあるなあ……」


 メルが大袈裟に目頭を抑える。


「えーっと、ね……っていうか、キイロちゃんってどういうこと?」

「え? もちろんメルも集めてるからだよ。ほら!」


 メルがスカートのポケットに手を突っ込んで、ジャラジャラと音を立てながら何かを取り出した。私の前に差し出した手には、小石が十個ばかり載っていた。いや、小石というよりは雑貨店に置いてある天然石に近い。どれも表面が艶やかで光を反射している。


「ウソ……」

「へへーん。綺麗でしょ」

「すごい……これ、メルが磨いたの?」

「そうだよ」


 メルが自慢げな笑みを浮かべる。そして私の足元に散らばる小石の山にチラチラと視線を送ると、遠慮がちに言った。


「キイロちゃんは採集があんまり上手く行ってないみたいだね……」

「採集……? あ、だからこれはそうじゃなくて……」

「あ! そうだ!」


 メルはキョロキョロと辺りを見回してから、口元に手を添え声のトーンを落とし——


「良い採集ポイントがあるんだ。メルが毎日行ってるところ。学校の近くだから帰るついでに教えてあげる。キイロちゃんだから、特別に」


 ——微笑みながらウインクしようとしたのだろう。でも失敗して両目をギュッと閉じた。


「ふっ……」


 思わず笑ってしまった。シューズロッカーの小石のことが少しだけどうでもよくなった。


「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて案内して頂こうかな」


 メルの案内で私たちは小石の採集ポイントに向かった。学校を出て数百メートル先にある二級河川だ。

 河原に降り、小石を探す。磨くと良い感じの色になる石の見分け方をメルが教えてくれた。ちょっとした宝探しだ。日は既にだいぶ傾いていたし、川の近くは涼しい風が流れていたが、それでもいつの間にか汗だくになっていた。二人で綺麗な石を夢中になって探していた幼い頃の記憶が蘇る。辺りが薄暗くなってから、ようやく時間が経っていたことに気づいた。


「うわ、もう七時!? メルそろそろ帰ろっか」

「えーまだこれからって時だよ。全然、ほらこんだけしか集まってない」


 両手に大量の小石を抱えながら、メルが眉根を寄せる。


「え……普段一体どんだけ集めてるの……? 気持ちはわかるけど、もう暗くなって来たし続きは今度にしよっか……」

「え〜……はーい……」


 メルが不服そうに唇を尖らせる。

 持ち帰るのは今日のベストスリーだけ——私たちは独自のルールを決めた。さすがに両手いっぱいの小石は持ち帰れない。とりわけ綺麗なものを三つ選んで、スカートのポケットに突っ込んだ。

 私たちはほんの数時間で会わなかった数年間を埋め合わせたようだった。駅までの道を談笑しながら歩く間に、辺りはすっかり夜になった。

 駅に着くといつもより少し空いている気がした。ホームに並んで立ち、電車を待つ。メルと私の地元は同じ駅だ。それなのに一緒に電車に乗るのは今日が初めてだった。


「メル……今日はありがとう」

「キイロちゃんとまた小石探しができてメルも楽しかったよ。また行こ!」


 メルが微笑んだ。思わず顔が熱くなる。特進と普通の間に見えない壁を作っていたのは私だけだったようだ。メルにとっては最初から壁なんて無かったのに。


「もっと早く気付けば良かった」

「ん……?」

「ううん、なんでも」


 急行が通過することを告知するアナウンスが流れる。危険ですので白線の内側までお下がりください。注意を呼びかける言葉が聞こえたその直後、視界の端で脳が異常を捉えた。私たちの数メートル先で、小さな人影が線路側に倒れ込むようにして、消えたのだ。女性の金切り声が上がり、


「落ちたぞ!」


 と、男性が叫んだ。非常ボタン! 非常ボタン! と他の声が続く。私は思わず駆け出して、から線路を見下ろした。子供だ。四歳くらいの男の子が線路脇に倒れている。

 咄嗟とっさに、身体が動いた。


「キイロちゃん!」


 背後からメルの声がした。線路脇の砂利の上に降り立った拍子にポケットから小石が二つこぼれ落ち、運悪くその一つが音を立ててレールの上に乗った。非常ベルが鳴る。男の子を抱え上げて、ホームから伸びて来た腕に預ける。自分にこんな腕力があるとは思わなかった。更に複数の腕が伸びてくる。掴んで! 早く! 下に潜れ! と口々に叫んでいる。


「小石をどけなきゃ」


 ホームに背を向け、レールの上に落ちた小石を拾う。急行のスピードなら、こんな石ころ程度弾き飛ばしてしまうかもしれない。でも、万が一を考えると放っておく訳には行かなかった。

 早く上がらなきゃ、と思った瞬間、警笛が鳴り響いた。金属を擦るような音が近づいてくる。急行のライトが視界を眩く染めた。ああ……間に合わない。


「キイロちゃん!」


 メルの叫び声を最後に、視界が暗転した。

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