第2話 意識してほしい意思してほしい意識してほしい意思してほしい意思してほしい
私と友人契約を交わしたヤナギダ カナコ。私と同じクラスの女子高生だ。このご縁はイイヅカ ヒロシという教員の暴力的行動に関して助言を求められたことから始まる。
と、彼女には認識させている。
実は、彼女がイイヅカという教員から嫌がらせを受けている状況をずっと前から知っていた。偶然、廊下で発見したのだ。彼女の語っていた嫌がらせや暴力の現実的な一部を......。共に過ごす教室で見た彼女の小さな強がりと不器用な愚痴こぼしに、心の隙も発見したのだ。
これは3ヶ月前である。私はこの教員イイヅカを実験対象として安心安全に確保するために、まずその周囲を知る必要があった。そのためにカナコと繋がり、彼女から彼の情報を得る必要がある。私が積極的に接触すると怪しまれてしまい、彼女は道徳観から防衛本能を働かせてしまうだろう。だから出会い方も自然的、あるいは彼女の意思で発生させたい。
そのために、彼女に私を意識してもらう実験をした。下に手段を記述する。
その一、彼女の理想の「印象」を探る。
彼女が身につけるアクセサリーの中でもっとも体に密着する「印象」は香水である。肌にまとう香水を嗅ぐ、また嗅がせるという行為は裸体を見せ合う行為に等しい。
ちなみにシャンプーや柔軟剤は家族と共有であると予想はできた。それでは家計に合わせて変わってしまう可能性もあるし、彼女の印象というよりも彼女の家族の印象と言えるので無視して良い。
家族の中で彼女だけが持つ香りこそが重要である。それはあのシャボン玉石鹸のような控えめな香りである。体育授業時の着替えの間。彼女がカバンの右ポケットに小瓶を忍ばせているのに気づいた。薬局で見る青と黄色のミニボトルだ。私はその日の下校時に薬局に立ち寄り、早速同商品を調べた。2600円の香水。
箱には、
「休日の朝風呂に浸かるリラックスタイム」「爽やかな清潔感のある優しい香り」等々表記が見える。ギリシャの海を思わせる独特なブルーと浴場タイルを意識したデザイン。そして太陽光を思わせるイエローで書かれたフォント。彼女の求めている理想のイメージ(印象)に近いのではないか。と推測する。逆に言えば、今はそんな理想とは真逆の状況にあると言えるだろう。
その二、記憶に残すためにやること。
この時の彼女の心には余裕がない。周囲との口数が減り、授業への集中力は低下している。一方、ストレスによる妄想や体調変化が生じる。この点に注意して、手始めに彼女のわかりやすい行動に注目した。
「彼氏が欲しい...」という、独り言に見せかけた友人への発言があった。心の支えを欲するうち。または現状打破を唱えるうちに出てきた発言であると思われる。彼女は俗にいうしっかり者の類だ。よほど自分の精神状況と生活環境が似た男でなければ、付き合ったところで余計にストレスを溜めることは想像に難くない。
彼女の心理は混乱状態だ。心を許せる普段の友人との何気ない接種ではその混乱は中々解消されない。逃げ道を探すあまり、彼女の心は新たな人間との接触によって自身の中に新たな人格を開発することを求めているのかもしれない。
ただしその人格条件については未定なので、興味のある相手には手当たり次第接触したがる冒険心に似た判断が生じるだろう。だから安易に「彼氏が欲しい」などと無責任な発言をしてしまうのだろうと予想した。
このことから私は私自身を化かすことにした。周囲にはいないタイプのインパクトの強い姿に化ける。髪を短く切って七三分けにし、石鹸の香りに近い香料のワックスで髪を固めて額をさらした。古きアメリカの紳士ヘアーを真似たのだ。しかし口紅は柔らかいピンクを塗り、校則の許容範囲で赤いマニキュアを塗った。それ以外に化粧や飾りはしない。また自身の高身長を生かし姿勢を正すトレーニングも始めた。ランウェイを歩くモデルを真似て、鏡の前で重心を修正する。
その三、印象を焼き付ける。
良い例は映画や写真に映る女優である。映画や写真で女優を映す場合、その一画面一枚を印象的なものにする。それはその被写体の物語前後を意識した奥行きのある画作りがよろしいからである。人はそういう思考に時間がかかる上に魅力的なものに多少金を払う。
私は彼女の近くでは印象的な女になるように努めた。
まず週16回のすれ違いに加えて、彼女のいる空間では立ち位置を意識する。特に窓際に立ち、空や風に揺れるカーテンを背景に備える。
読書の際も必ず起立し、壁や塀に体を任せる。他の活動時もなるべく起立する。通常着席している彼女の視線を見上げさせるのだ。そしてなるべく窓のような四角い枠のある場所で、その枠内の中央に収まるよう努力する。また照明器具の前または俯瞰照明斜め45度の下に立ち、陰影を意識する。口紅が反射すればなお良い。
彼女との距離は決まって4〜5メートルくらいとすると。声をかけられる距離ではあるがその発声に自信を要する距離。また大型絵画全体を鑑賞できる距離である。
私自身の発声練習も大事である。声は香りの次に印象を残す。私には友人がおらず普段会話などはないが、授業中に教員から返答の要望があった時は発言をしなければならない。これは声を聞かせる貴重な瞬間でもある。
そのため、普段より顎を大きく開く感覚に慣れ、また普段の自然な発音に違和感を少々感じるくらいの演技癖を加えた。
彼女の意識を盗むようにしてから2ヶ月。私が目立ち始めたと噂は広がっている。下ろした釣り針に余計なものが引っかかるのは予想の範疇である。廊下の見物人やロッカーのラブレター、その類は全て無視する。カナコ一点に集中した。
2ヶ月半が過ぎた頃、私は彼女の仕草や癖を真似る段階に来ていた。
これもタイミングを見定めて真似をする。ほぼ同時に靴の履き替えを行い、その履き替える順番、すなわち右足からか左足からかも真似る。着替えの際も彼女の視界に入り、動作を真似て見せる。
歩く歩幅とそのテンポ。息遣いも真似る。もちろん、登下校の時間も重ねていく。
最初の接触は丁度3ヶ月経った頃だった。夕陽が差し込む下駄箱に、私が先に立った時だった。予想通り背後から玄関口にやって来たカナコと視線を交わした。
俯いた顔は魅力的だった。テレビに映る女優を生の反射光によって目撃してしまったような感覚。これもまた接触である。
私に気づいた彼女は少々慌てた様子で「お疲れ」と呟いた。私は微笑みを見せ1秒ほど間を置き「お疲れ」と低くした声で返す。そしてすかさずその場を後にした。
思った通り、下駄箱は沈黙している。私は背中に彼女の視線を感じた。
彼女が私に会いたいと手紙を差し出したのはこれから4日後のことだった。彼女を意識することで私自身の体と本能的行動を自然と彼女に向かわせることから始まった。すなわち彼女の意識を盗むことは彼女を意識することから始まったのである。
彼女の夢の中に私が現れたのは特別な事ではない。彼女に意識してもらうために私が出し続けていた信号が、彼女の意識の中で像を得ただけのことである。
こうして彼女との自然的な繋がりを発生させ、球体殺法の実験に必要なボディ1号、すなわちイイヅカ ヒロシの情報を得る手段ができた。
安心安全な実験遂行への第一歩である。
球体殺法女子高生殺人事件 @Mukade95
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