球体殺法女子高生殺人事件

@Mukade95

第1話 時間感覚が混乱する瞬間を求めて

誰もいない理科室は、自分の鼓動を聞かされる静けさかだった。

石裏に 光差し込み 土枯れて

隠れ抗う 蟲の脚かな

水色の机に書き込んだ。私を追う足音達へのアレルギー反応とも呼べる。

私は採られることも、潰されることも許さない。私は人の道徳に対して対峙し続けなくてはならない。私は私の罪悪感を恐れて生きてはいけない。これから書き残す記録には、この罪悪感による謝罪も後悔も残してはならない。つまり嘘を書いてはいけない。

私は手帳を机に開き、新しいページにペンを当てた。


まず重要な真実を先に示し残しておく。

「私は、私の友人の為に教師を殺した。」


1年前、美術室にてヤナギダ カナコと接触した。彼女は同クラスの出席番号7番目。見た目は容姿端麗と端的に付け加えておく。しかし額や太ももに6〜14センチほどのすり傷あり。また脇腹には直径12センチほどのアザあり。

どれも鳩飼育係部顧問による異常な接触による怪我である。顧問はイイヅカ ヒロシ。32歳。6歳の娘と28歳の妻の3人家族である。

この男、煽てられる環境が金より欲しく、弱いものは見下し、強いものには遜る。共有共鳴の思想を若年者に解く癖あり。共鳴できなければ異物を見る様な態度で接し、共有できなければ物を叩く。そして時に物で叩く。怒鳴りつけて静止させ、自身の立場について解く。

気分や機嫌が悪いと暴力に至る人格は珍しくないが、この男の暴力は短気にしては手が込んでいる。さりげなく物を手に取り、相手の隙を見て大袈裟な動作で物を接触させる。これにより怪我を負わせているのだ。どの被害例も誤ってぶつけたかの様に誤魔化されているが、生徒たちは故意的だと気づいている。しかし確証が得られぬ暴力で、訴えがうまく出来ないのが現実だ。


被害者は友人カナコだけでは無い。彼女については私と契約を交わすまで友人ではなかった。契約を交わした美術室での事を記す。


7月。私のロッカーにカナコからの手紙がきていた。「美術室にて相談したいことがあり、直接お会いできませんか?」


当日。灯りを消した美術室には油絵の香りが漂い、窓際の流し台からレモン石鹸の香り漂い、また窓から流れ込む梅雨の香りが170センチある私に似合わぬ幼さを感じさせてくれた。誰かに甘えたくなる気分だ。

「こんにちは。きてくれてありがとう」とカナコが教室に入ると、部屋の空気がまた変わった。彼女の汗から石鹸の香りが放たれている。


「あの......」

彼女の声はこもる。私は四角い木製の椅子を窓際に並べて手招きした。そしてこの手帳を開き、彼女を隣に座らせた。


話したいことって何?と、まずは尋ねるが、大抵口元は戸惑う。


怪我してるの?

「え?」

額の傷、先週はなかったじゃん。

「よく気づいたね」

そう言って微笑むと詳しい話が口元から溢れ出てくる。


彼女は鳩飼育係の係長で、我が高校の屋上にある鳩小屋の番人でもあった。

2月。鳩飼育係の元顧問が体調を崩し1ヶ月休業。代理顧問にイイヅカ ヒロシが選ばれた。

カナコ含める係員六名の苦難が始まったという。

毎活動時、不当な説教を聞かされ、

さらに抗えば先に述べた暴力も行われた。またイイヅカは鳩の羽かフンにアレルギーを起こし、活動は殆ど参加しない。係員を避け、休憩時に茶を飲みに来る。そしてまた説教を繰り返した。


5月中頃、元顧問が復帰し合流。以前の様に活動を再開するが、イイヅカは元顧問に借りがあるかのように接し、指示を出すようになった。その後は活動日には遊びに来るようになり、スマホゲームや他の女子生徒を連れ込んで遊ぶようになった。

なお元顧問は何らかの弱みを握られており、これに気づいたカナコは時と場所を設けて訳を聞こうとしたが「大人の事情」と避けられている。「大人の事情」などとは醜い言葉である。ガキのイジメの延長線上でしか聞けない言葉である。ところが元顧問は聞かれる度にそう答えて誤魔化していた。

徐々に権力を持ち始めたイイヅカは、等々活動方針にまで口出しをし始めた。これに抗ったカナコは強制的に退部届を出されたため、他教員への相談を試みた。時期6月6日である。

これにより教職員会議では雑談程度の事情聴取が行われたが、どういうわけかカナコ退部の方針を図られたのだ。

学校はスキャンダルを嫌うものだ。正しい対応をすれば賞賛すら得られるのに、今の教員は叱られたこともない腑抜けばかり。正しさを痛みを持って思考していないのだろう。まるで頼りがない。

カナコ以外の係員や元顧問は大人しい人格である。カナコ自身争いに慣れておらず、泣き寝入りの日が続いたという。

何もうまくいかないまま、ついに顧問はイイヅカに交代させられたという。


「全て元に戻したい。でももうできない。せめて鳩だけでも守りたい。でもイイヅカは元顧問の弱みを持って盾にしているの。私たちが逆らおうとすればするほど誰かが傷つく......」

最低だ。と同情してみせる。

私は彼女の顔を見ながら手帳に書き込みを続けた。

ではなぜ、私に相談を持ちかけたのか?


「本当におかしな話するけど、夢にあなたが出てきたの。なんだか、お姉さんみたいで--」


お姉さん?

二人で笑った。

「最近あなたがよく夢に出てくるんだよ。同じクラスだし一人だけ大人っぽいからかな? 夢の中でも頼れる人なんだ。それで、ちょっと相談してみようかなって」


相談だけじゃなくて、解決できたらいいね。


「解決って?」

彼女は目を丸くして私を見つめた。私は手帳を閉じて額の汗を拭う。


私、あなたの問題を解決できると思う。その代わり夢の中じゃなくてちゃんと友人になってくれたら嬉しいな(笑)。


「そんな...。相談の為じゃなくても友達になるよ。そもそも同じクラスだしさ?」


じゃあ......よろしく。


微笑み会う。照れ笑いは彼女の仕草を真似てみた。私は少しずつ、慌てずに彼女の隣に落ち着いこうと決めたのだ。

彼女はやはり、声に会話の自信が混じる。

「でも、どうやって解決したらいい?」


殺そう。

喉まで出かけて舌を丸めた。

しかしもう既に脳内には始末の流れができていた。

むしろ私にとって最高の実験チャンスだ。

球体とゴムバンド。そして私の筋肉。あの「普段より時間感覚が混乱する瞬間」を味わいたい。この欲求こそが、私の球体殺法実験のエネルギーになっている。

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