第12話 愛ゆえに。

 町長モーガンの息子、貧乏人の子倅フィンの兄貴分、そしてエナの不倫相手であるサムは頭の悪い田舎者だ。


「わざと間違えてますの?」


 私の怒りを感じ取ったサムは、首を振りながら「うーうー」と呻いた。


 既に空は白み始めており、燭台は不要となっている。そろそろ聖へレナ女子修道院の飯炊き当番たちが起き始めることだろう。


 周囲の至る所に掘られた穴と盛り土があるため、この場を立ち去る準備を始める必要があった。


 苛々とした気持ちを晴らすべく、黒鞭でウィローの葉を打っていると、グスタフの声が地中から上がる。


「アドラ様――」


 返事もせず、私は声のした穴へと駆け寄り下方を覗き込んだ。

 穴の中で、土堀り用のスパドを肩に載せたグスタフが額の汗を拭いている。


 老人に苦労を掛けたと感じた私は、彼を抱きしめてやりたくなったが、土だらけとなっていることを思い出し、それはしておこうと決めた。


「ありましたの?」

「はい」


 うっそりと答えたグスタフが端によると、腐食の進んだ服と白骨がある。

 沼地の傍で湿度も高く、尚且つ七年の歳月を経ているが、土壌の酸性濃度が低かったために骨は残ってくれたのだろう。


「素敵よ、グスタフ」


 確かに死体はあった。

 排斥司祭ジョンが知った秘密は真実と証明されたのである。


「――サム、彼女がなのではなくて?」


 サムは頷き、幾分か辛そうな表情で天を仰いだ。

 自身の犯してしまった殺人の罪に対し、神の慈悲を請うているのだろうが、現在の状況からするなら私に請うべきだろう。


 町長モーガンは、聖へレナ女子修道院にいるエマを訪ねる際、常に息子のサムを伴っていた。少し年上の少年サムと、幼いエマは徐々に親しくなっていく。


 修道院を出たいというエマの逃亡をサムは助けることとなった。


「けれど、エマには身寄りも無ければ、独りで生きるのも難しいですものね――」


 そこで、サムが目を付けたのは、遠くの町や村から売春宿で働くため馬車に揺られる女達だった。


 北の町にある売春宿は、厳格な領主の取り締まりを潜り抜けたが、健全な経営を厳命されている。


 なかでも、身許の分からぬ異教の女を雇うことは御法度とされた。


 そのために女達は、住んでいた町や村の長に紹介状を書いてもらい、それを持って北の町へと向かうのだ。


「エナに、エマが成り代わるため――あやめましたのね」


 天を仰ぐのを止めたサムは力なく項垂れている。


 こうして、エマはエナとして売春宿で働き、やがてべリックと出会う。何らかの意図を持ち、彼の歓心を買うべく相当な努力をしたのだろう。

 売春婦の身でありながら、裕福になったべリックの妻に成りおおせているのだ。


「ジョンに脅されましたの?」


 恐らくは告解により、排斥司祭のジョンは、サムが過去に殺人を犯したことを知っていた。


「うー?」


 不思議そうな表情をサムが浮かべている。

 この期に及んで嘘は付かないだろうと私は判断した。


「あら――」


 ジョンが、モーガンを脅迫していると推測していた私は、意外な思いに捕らわれる。


「――まだ――ですのね」


 確かに息子の罪を脅迫されただけで、気狂いになるのもおかしな話だ。


 排斥司祭ジョンは、未だ酒場で飲んだくれているだけで行動には移していないということになる。

 司祭時代に貯めた小金が、まだ残っているのだろう。


 となれば、結論はひとつとなる。


「シルミオネに戻りましょう、グスタフ」


 そう告げた私の気持ちは逸っているが、掘った穴は埋めておいた方が良いだろう。


「それと――」


 黒鞭を振り上げた私に、サムが怯えた眼差しを送る。


「――あなたにも働いて頂きますからね」


 形の良い尻を力一杯に打ち据えると、早朝の沼地に籠った悲鳴が響く。


 怯えた鳥達が空へと舞った。

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