第5話 何だか良い気分で、義眼が語る。

 義眼のジャックを火事から救い、ひと月が過ぎている。


「こ、殺しちゃいねぇんだ」


 ジャックは、慈恵院にいた頃よりも、随分と血色も良くなり肉も付いてきた。

 体力をつけさせるため、精の付く食事を与えていた為だ。


「そう――ですか」


 顔面から多量に発汗し、瞳は爛々らんらんとした妖しい輝きを帯びている。

 嘘をついているわけではなく、グスタフの調合した薬品の影響だった。


 ――東方の呪術師が使う薬物で大変に効果がございます。ただ、体力がありませんと耐えられません。


 必要以上に彼の記憶は鮮明となり、尚且つ饒舌じょうぜつになっていた。


「確かに、下の階にガキが居た」


 あの夜――。


 宿屋の老夫婦が住む自宅には、十歳前後の孫娘がひとりいた。

 流行病はやりやまいで両親を亡くし、祖父母の元で暮らし始めたところだったらしい。


「事情に詳しいのね?」

「後でべリックに聞いたんだ。野郎だけ――うまくやりやがって――」


 べリックとしては、どうしても宿を手に入れたかった。


 だが、老夫婦を殺して宿の権利書を手に入れたのでは、自分達が犯人であると公言しているに等しい。

 そこで一計を案じたのだ。


「婆は殺す。でもって、俺がガキを殺そうとしたところで、野郎が颯爽と登場するっていう寸法よ――まだ、べリックのつらはガキにバレてなかったからなぁ」


 ジャックのみを犯罪者にして、自分を善意の救済者に仕立てようとしたわけだ。

 顔を見られていないという事情があるとはいえ、随分とジャックに不利な取引に思えた。


「どうして、同意したのかしら?」


 聞く限り、彼だけが損をする役回りだ。


「食って寝て後は女を抱いてりゃ、宿の上がりの半分を寄こすって言ったんだ」


 遠くの町で身を潜めていれば、死ぬまで遊んで暮らせると考えたらしい。


「ところが、あの野郎――宿以外でも大儲けするようになりやがった」


 表社会で商売を始めたべリックは、着実に成功者への道を歩んでいく。

 他方のジャックは、はした金で貧乏くじを引かされたと腹が立ち始めたのだ。


 そこで、この町――シルミオネに戻りべリックに金を無心した。

 最初は言われるがまま払っていたらしいが――、


「ある日、訴えるとか、泡吹いて怒り出しやがった」


 実際に七年前に訴えているが、全てを話すとジャックに脅され、結局は告訴を取り下げている。

 当時の段階で、失うものはべリックの方が大きかったのだろう。


「うひひひ、あの時の奴の顔は面白かったなぁ。人生で初めて腹を抱えて嗤ったもんさ」


 昨日のことのように、楽し気な様子となった。


「――で、また金を払うようになったんだが――実は、そこから良く覚えてねぇ」


 べリックが反撃をしたのだろう。


 いかなる手管を使ってか、ジャックを白痴に堕として慈恵院に放り込む。

 篤志家を装い寄付金を払って、特別待遇という名目で独居部屋に押し込むわけだ。


 誰かと親しくなって、余計なことを話さないようにした。


「ふう」


 そこまで語り、ジャックは疲れてきたのか大きく息を吐いた。


「どうにも、頭がボウとしてきたぜ――。さっきの薬はねぇのかい?」

「あるけれど――」


 グスタフによると、一度使うと虜となってしまうらしい。最終的には狂い死にするそうだ。

 東方の国では大きな問題となり、それを原因として戦まであったと聞く。


「もうひとつだけ思い出してくれたら、たっぷりと薬を上げるわ」


 私は微笑んで応えた。


 用済みとなれば、白痴に戻して不帰かえらずの大森林に放り捨てるつもりだ。

 飢え死にするなり、灰色狼に喰われるなりするだろう。


 かといって、今すぐ狂い死にされては面倒だった。


 礼拝堂の地下倉なのだから――。


「さっき話していた孫娘のことだけれど、名前は分かるかしら?」

「ん~あ、知ってるぜ~」


 少しばかり呂律が怪しくなってきた。


「エマだかエナ――だったなぁ――どっかの修道院にぶち込んだはずだぜ」


 べリックは、殺した相手の孫娘を妻としてめとったのだ。

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