第4話 罪人を火事から救う。


「調べて来ましたとも――この私が」


 約束通り週末に訪れたマックス・ダークは、自慢の口髭を撫でながら言った。


「七年ほど前の裁判記録に残っておりましてな。恐喝と暴行で告訴されたようです」

「告訴人は?」

「べリック・バーゼルという商人でした」


 二人は仲間割れを起こしたらしい。犯罪で富を得た連中の末路とは、得てしてそんなものなのだろう。


「ところが、途中で告訴を取り下げたのです」


 何処かの牢獄に入っているのを期待していたのだが、これでは義眼の男ジャックの行方は分からないかもしれない。


「ぶふう――この私をなめてもらっては困りますよ。いや、しかし麗しき聖女様にならば――んあああ、駄目、駄目、私は駄目な男です――罪をもう犯してしまいました。淫靡な妄想の罪でございます。ぶ、って下さいぃぃ」

「ええ」


 私はマックスの望みに応えるため、黒鞭を容赦なく振るう。


「ふぅ、スッキリしました。あれ――ええと、何でしたっけ?」

「べリックが告訴した相手の行方についてでしたわね」

「そうでした。私をなめて――」

「はい、分かってます。ともあれ、男の行方をご存じなら教えてくださいね」


 彼が罪を犯す前に、話を続けさせた。


 ◇


 グスタフが御する貸馬車に揺られ、着いた頃には日が落ちかけていた。


「宿を先に手配致しますか?」


 御台から振り向いて尋ねられたが、私は首を振った。


「いいえ。先に参りましょう」


 シルミオネから街道を北へと進むと大きな町がある。

 

 この町の壁外に慈恵院と呼ばれる施設があり、住む場所も無い貧乏人が収容されていた。


 食事は与えられるが、家畜の餌より不味いらしい。

 また、施設を自由に出る事は許されず、きつい労働も割り当てられるため、実質的には懲罰施設としての色合いが濃かった。


 手伝いを嫌がる子供へ、母親が決まって言う言葉がある。


 ――お前みたいな怠け者は、慈恵院に入れられちまうよ。


 私の生家では有り得ぬ会話だが、幼き頃――退屈な雨天の昼下がり、グスタフにせがんで聞いた話しの中にあった。


「こちらでございまさぁ、聖女様と――ええと――お連れの旦那」


 妙な丁寧語を使う下男に案内されたのは、施設の奥まった所にある居室だ。

 危険が無いのを確かめる為にグスタフが先に入っていく。


「後は、結構です。お仕事に戻ってくださいな」


 私は、好奇の眼差しを浮かべる下男に告げた。 


「――へ、へい。じゃあ、あっしはこれで」


 肩を落として立ち去る下男の背中を確認した後、居室へ入った私は扉をしっかり閉じた。


 狭い部屋の中でベッドの上に座り、薄ら笑いを浮かべながら窓の外を眺める男がいる。

 夕陽が男の顔に深い影を落とし、義眼を失った左目には漆黒の闇があった。


此奴こやつでしょうか?」


 グスタフは背嚢から取り出した道具を床に拡げながら尋ねた。おもには人を素直にさせる為の品々が、鈍い輝きを放っている。


「ええ――」


 何ら反応を見せない男の袖をまくり上げ、さそりのタトゥーを確認した。


「――間違いありません。ジャックと呼ばれる男です」


 年齢以上に老けては見えたが、老人のこめかみを刺し抜いた男に相違なかった。


「下男が申したとおり――やはり白痴のようですな」


 グスタフは男にムロの葉を嗅がせながら、身体のあちらこちらへと針を突き刺しつつ瞳孔を確認している。


「何も覚えていないでしょう」


 この報告は、私を大いに不快な気分とさせた。

 罪を忘れた罪人など、何の価値も無いではないか?


「――そうですか」


 篤志家の寄付により、ジャックは慈恵院にて特別待遇を受けている。白痴のまま食うに困ることもなく、黄泉へと旅立つなど許されてはならない。


「グスタフ、彼に思い出させることは可能でしょうか?」


 この男しか知り得ない情報が残っている。


「時間が掛かりますし、何より連れて帰る必要がありますぞ」

「ならば、そう致しましょう」


 私は微笑み応えた。


 ◇


 慈恵院の納屋から出火したのは、深夜を過ぎた頃のことだ。


 人が暮らす場所とは異なり木造の納屋は良く燃えた。二頭の年老いた馬は放してあるが、遠くへ逃げるでもなく興奮した様子でいなないている。


 気付いた下男と貧乏人達が飛び出して来て、桶に汲んだ水と、手に持ったフォークで消火に勤しんでいる様子が見えた。

 人数だけは揃っているので、明け方までには鎮火できるだろう。


 私は物陰に潜み、炎の美しさに見惚れている。


「では、ここでお待ちを」


 そう告げた後、グスタフは混乱している人々の中へと紛れ込んでいった。


 ともあれ――、


 ひとりが行方不明となったことに彼らが気付くのは翌朝となるだろう。

 

 二度とは会えないだろうが、別れを惜しむ者などいまい。

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