第3話 しもべ達の調査結果。
フィンに仕事を依頼してから一周間が経過した。
私は礼拝堂の扉を開け放ったまま、日がな祈りを捧げるフリをしている。
詮索好きな田舎者から、信仰心に疑いを持たれるような噂を立てられないようにする為だ。
「アドラ様」
足音ひとつさせずに訪れたグスタフが私の名を呼んだ。
「――どうしたのです」
そう言って振り返ると一通の手紙を私に差し出している。
差出人の名は、マックス・ダーク 。
領主裁判所にて書記官を務めている男だった。
領主の城まで、さほどの距離ではないといえ、あまりに早い返信だと思いながら開封をした。
――お求めの人物に該当する者を見つけました。
――今週末に伺いますので、その際に仔細をご報告させて頂ければ幸いです。
――アドラ様の恵みを期待してもおります。
――神とあなたの忠実なる
恵みへの期待に急かされて、大急ぎで調べ上げたのだろう。
ともあれ、週末の来客に備え、黒鞭の手入れをしておこうと考えた。
◇
――翌日。
再び、フィンを朝食に招待している。
グスタフも馴れてきたのか、表立って不満を表明する気配はない。
私が何を言わずとも、パンとスープを少年の前に置いた。
「やっぱり、聖女様のところで食べる朝飯が一番だよ」
お前の自宅で朝食が出る事などあるのか、とは尋ねなかった。
「そう――それでフィン。あれから一週間以上が過ぎたけれど」
与えた施しに相応しい対価を欲していた。
「調べに調べたぜ。町中を駆けまわったんだからな」
べリック夫婦に関する噂話や、二人と交友関係のある連中について情報を集めるよう指示をしたのだ。
町に赴任してきたばかりの私が聞くより効率も良いし、後々に何が起きようとも、私が疑われる危険性を減らしておきたい。
「約束したと思うけれど――私の名前は出してないでしょうね?」
「もちろんさ。聖女様が噂好きだなんて、恰好悪いもんな」
私がべリックの周辺を嗅ぎ回った事実を知るのは、目の前に座る非力な少年だけで良い。
忠実なる使用人グスタフは、肉切り包丁を背に隠して部屋の隅に立っている。
「たださ、面白い噂はひとつぐらいだよ」
そう言って語ったのは、べリックの妻エナが若い男と姦通しているという話しである。
残念ながら私はその事実を知っていた。
彼女自身が告解室を訪れて、夫同様に別の罪を告白して鞭打たれたからだ。
罪悪感を消した後、結局は再び同じ過ちを繰り返していることになる。
「サムは俺の兄貴分だから――色々と教えてくれたんだ。随分といい女らしいぜ」
フィンが、一丁前の男風情な口ぶりで告げる。
「――けどさ、エナが妊娠してるらしいんだよな」
「あら」
私は食事の手を止めて、瞳を見開いた。
「確かなのかしら?」
「うん」
「なぜ?」
「ええと、それはさ――いや――へへ」
フィンは少年らしからぬ卑しい目付きを浮かべた。
私の興味を大いに引いたのだと勘付き、彼の中で狡猾な計算が働いたのだろう。
何も言わず、私は手に持っていたパンを、空となっているフィンの皿の上に乗せた。
「ちぇ、食べかけじゃねぇか――んぐ」
文句を言いながらも、大急ぎでパンを口内へと詰め込んでいく。私の心変わりを警戒しているのかもしれない。
「サムが言ってたんだけど――」
彼によると、最近はすっかりとご無沙汰となったらしい。他方、夫のべリックはといえば、こちらも売春宿を訪れる回数が増えている。
さらに――、
「あいつの屋敷で、新しい使用人を募集してるんだよ」
べリックは、現町長の隣に、より大きな屋敷を建てている。
「子持ちの女を探してるって話しだぜ」
出産の手伝いや、乳母として使うつもりなのだろう。
領主によって、次期町長に叙されるならば、妻に炊事や育児などさせられない立場となる。
「フィン――お手柄よ」
嬉しくなった私は、文字通り聖女のような笑みを浮かべたように思う。
どうやら、あの妻は本当に妊娠したようだ。
誰の子か分からないという点も、私を楽しい気持ちにさせた。
妻の不逞など知らないべリックは、純粋に我が子の誕生を心待ちにしているのだ。
私の所へ罪悪感を消しにきた理由は、その辺りにあるのだろう。
孤児院を作るなどと殊勝な事を言い始めたのも、町長に叙される事だけが目的ではないのかもしれない。
善良な老夫婦一家を害した悪党は、本当に善人になろうとしている。
「素晴らしい情報だわ」
だが、べリックがどれほど改心しようとも、私の心は動かされない。
罪の天秤を
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