第9話(3)魔王チーム分析

「はっくしょん!」


 リュミエール越谷のクラブハウスの一室でローがくしゃみをする。


「おいおい、風邪か?」


 リンが呆れ気味に尋ねる。


「いや、そういうわけじゃないけど……」


 ローがティッシュで鼻をかみながら答える。


「明日は決勝だぞ、体調管理はしっかりしてもらわなくては困る……」


「でも、こればっかりはしょうがないよ」


「なにがしょうがないんだ?」


「女性たちが僕の噂話をするのは防ぎようがないからね」


「……」


 鼻の頭を得意気にこするローをリンが心底呆れた視線で見つめる。


「ロー! たるんでいるな! もっと筋トレをしろ!」


 ヒルダがポーズを決めながらローに声をかける。


「……必要ない」


 リンが代わりに答える。


「必要ないだと⁉ 馬鹿な! 筋トレは全てを解決してくれるんだぞ!」


「馬鹿はお前だ……過度のトレーニングは良くない。ローの敏捷性が失われる可能性もある。人にはそれぞれ合ったトレーニング方法やトレーニング量というものがあるのだ」


「む……」


「それくらい考えれば分かるだろう……脳筋には難しかったか?」


「だ、誰が脳みそ筋肉だ⁉」


「お前だ」


「むきー!」


 ヒルダが激昂する。


「あわわ……二人とも、ケンカはやめましょう……」


「放っておきなさいよ、ピティ……いつものことじゃないの」


 狼狽するピティにビアンカが笑う。


「そ、それでも……ねえ、レイナ?」


「……興味ない」


 レイナは退屈そうに本を読んでいる。


「そ、そんな……」


「ねえねえ、ピティ。二人を止めれば良いの?」


「え、ええ、そうよ、ラド」


「分かった! じゃあドラゴンになって……」


「わあっ! ちょ、ちょっと待って! 建物が壊れちゃうから!」


 ピティが慌ててラドを止める。ビアンカがそれを横目に見ながら、ローに声をかける。


「ねえ、ロー。全員揃ったから、そろそろ始めましょう?」


「ああ、そうだな……全員、モニターに注目してくれ」


 ローが立ち上がり、モニターの前に立つ。ローの一声で全員が静かになる。


「……」


「それでは明日対戦する『アウゲンブリック船橋』について、一応の確認を始める」


「一応ね……」


 ローのもの言いにビアンカが苦笑する。


「まずはゴールキーパーのレム……ゴーレムだな。大柄で反応もそれなりに俊敏だが、たかが知れている。スピードあるシュートももちろん有効だが、コースを狙っても良いだろう。どうだ、ビアンカ?」


「ああ、それくらいのシュートの撃ち分け、お茶の子さいさいだわ」


「それは頼もしいな」


「アタシを誰だと思っているの? 騎士様よ?」


 ビアンカが胸を張る。ローは頷いて説明を続ける。


「次はセンターバックのクーオ……オークだな。なんといっても当たりの強さが厄介だな」


「これくらいのオークさん、ラドがドラゴンになってガンガン吹き飛ばしちゃうよ~」


 ラドの威勢のいい言葉にローが頷く。


「もちろんそれもありだが、スピードで翻弄してしまえばなんてことのない相手だ」


「スピードか~」


 ラドが腕を組む。


「出来るか、ラド?」


「うん、やってみる!」


「頼む……次はサイドバックのゴブ……ゴブリンだな。多少すばしっこいくらいだ。さほど注意は必要ない。もちろん油断は禁物ではあるが」


「試合序盤にキツく当たって、無力化すれば良いだろう」


 リンの言葉にローは思わず苦笑する。


「おいおい、退場は勘弁してくれよ……」


「無論、ルールの範疇でだ」


「それは結構……次はサイドハーフのルト……コボルトだな。スピードもあり、プレーも小器用だ。ドリブル、パス、シュート……どれもそれなりの水準だ」


「あくまでもそれなりでしょ……」


 レイナが退屈そうに呟く。


「くり返しになるが、油断は禁物だぞ」


「分かっている……」


「それなら良いのだが」


「ねえ、もう帰ってもいい?」


「い、いや、まだだ、もう少しで終わるから……」


「はあ……」


 レイナがため息をつく。ローが苦笑を浮かべる。


「次だ……センターハーフのスラ……スライムだな。球際の粘り強さが特長だな」


「体型を変形・変化させて、かなりの広範囲でボールを拾っていますね……」


 ピティがモニターを見ながら呟く。ローが頷く。


「ああ、変形・変化の調子はその日によって異なるようだが……念のため明日は絶好調だと想定しておいた方が良さそうだ」


「ある意味一番厄介かもしれませんね……」


「それはそうかもしれないな……」


 ローは腕を組む。


「良い形でボールを拾わせないようにしないといけませんね」


「そうだな……次はフォワードのトッケ……ケットシーだな。とにかくすばっしこい。眠そうにしているが、抜け目なくディフェンスラインの裏を狙っている」


「ふん……」


 ヒルダが鼻を鳴らす。


「いや、ヒルダ、ふん……じゃなくてな」


「何だい?」


「お前がマッチアップする機会が多いからな。スピードには注意しておけよ」


「ああ、確かにこのスピードは厄介だな……だが!」


「だが?」


「わたしの筋肉はそれをも上回るさ!」


 ヒルダはそう言って拳を強く握る、持っていたペットボトルが破裂する。


「ま、まあ、程々にな……」


「任せておけ!」


「最後はこの男……魔王レイブンだ……この男は僕に任せておいてくれ」


「大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫だ」


 ビアンカの問いにローが冷静に答える。リンが口を開く。


「この男を褒めるのも癪なのだが……プレーは全てにおいてハイレベル、さすがは魔王といったところだが?」


「まったく問題ない、僕が完璧に封じ込める」


「……信じていいんだな?」


「ああ! 魔王は今大会ほぼ活躍がない! 明日も同様! 奴を屈辱にまみれさせる!」


 ローが拳を高々と突き上げる。

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