第3話(4)覚醒

 前半が終了し、後半が始まっても試合の様相に変化はなかった。


「……どおっ!」


 ゴブがタックルを喰らい、男にボールを奪われる。男はそのままゴール前に切りこみ、またしても鋭いシュートを決める。男が煽る。


「へへっ、ゴブリンってのは大分貧弱だな!」


「! ……」


 ゴブが唇を噛みしめる。


「それにオークやゴーレムもゴール前に突っ立っているだけ! でくの棒だ! いや、豚の棒と、土の棒か⁉」


「‼ ……」


「⁉ ……」


 クーオとレムが拳を握りしめる。


「そしてコボルトとケットシーも走り回るだけだな! 犬や猫らしくフリスビーや猫じゃらしで遊んでもらった方が良いんじゃねえか⁉」


「……!」


「……‼」


 ルトとトッケが目を見開く。


「挙句の果てにはスライムだ! 文字通り、フィールドを漂っているだけ! いてもいなくても変わらねえぜ!」


「……⁉」


 スラが目をウルウルと潤ませる。


「……どうする?」


 フィールドのライン際ギリギリまで出てきたななみがレイブンに尋ねる。


「……なにをじゃ?」


「この試合をよ、棄権する?」


「! 貴様、ひょっとして……」


「ええ、こうなることは大体分かっていたわ」


 ななみが頷く。


「ワシの傲慢さを笑うためか?」


「それもあるけど……」


「それも?」


「今日、この試合を組んだ一番の目的はサッカーで世界を制するのが、如何に困難かということを知ってもらうためよ」


「困難……」


「ええ、それに無謀だということもね」


「無謀……」


「たった7名で世界と戦うなんて無謀よ、ご覧の通り、その辺のアマチュアチームにも歯が立たない……」


「……戦略的見直しを図れと?」


「それもそうだけど、他にも見直すことは沢山あるわ」


「沢山?」


「あなたの練習に対する姿勢」


「む……」


「みんなの連携プレーの練度」


「むむ……」


「基礎技術の大切さ」


「むむむ……」


「基本的な動き方、試合の流れを読む力、エトセトラ……とにかく課題は山積しているわ」


「ふむ……それはよく分かった」


「本当に?」


 ななみが首を傾げる。レイブンが静かに呟く。


「それについては解消していこう……」


「案外素直で助かったわ。それじゃあ、審判に棄権を告げるわね……」


「待て」


「え?」


「棄権はせん」


「なんですって?」


「課題が見つかったのは収穫じゃ……じゃが、それはそれ! これはこれ!」


「はあ?」


 ななみが首を捻る。


「……この魔王レイブンとその配下がこのまま終わると思うな」


「も、もうどうしようもないでしょう! はっ⁉」


 ななみが震える自分の体を抑えつける。


「ほう、貴様も感じたか……」


「え……?」


「なかなか勘が良いな」


「な、なんなの、これは⁉」


「魔力の高まりだ」


「ま、魔力? あ……」


 レイブンの周りに6名が集まる。レイブンが笑う。


「ようやくお目覚めか?」


「……」


 6名が無言で頷く。その後、試合が再開される。


「へへっ!」


「うおっ! な、なんだ、あのゴブリンの動き! 一瞬でボールを奪われた!」


「お、お前、パンツも盗まれているぞ!」


「う、嘘だろ⁉」


 男が股間を抑えてしゃがみ込む。


「おりゃあ!」


「オ、オークの強烈なタックル! あんなの喰らったらひとたまりもねえ!」


「まさに豚足だな!」


「はっ!」


「コ、コボルトの鋭いドリブル! なんていう前傾姿勢だ! っていうか、ほとんど四足歩行じゃねえか⁉」


「あれってどこで触ってもハンドにならないのかな?」


「え~い!」


「ス、スライムめ、形状を自由に変化させやがって、守備範囲が広すぎるぜ!」


「理科の実験を思い出す!」


「むん!」


「ゴ、ゴーレムの動きが意外に鋭い! あのガタイであの反射神経……シュートが決まる気がしねえ!」


「鉄壁だな! 土だけど!」


「みゃあ!」


「ケ、ケットシーめ! 前線ですばしっこく動き回りやがって! こっちのディフェンスラインがまんまと翻弄されている!」


「これが本当の猫まんまだな!」


「さっきからうるせえな! キャプテンならなんとかしろ!」


「分かっている……あ、ボールが魔王に渡った! 皆で囲んで奪うぞ!」


「……邪魔じゃ!」


「どはっ⁉」


「キャ、キャプテンたちが吹き飛ばされた⁉」


「衝撃魔法を少々……なに、加減はしたぞ?」


「ま、魔法って、そんなのありかよ……」


「それっ! ……ふっ、決まった。これでクィンティプルハットトリックじゃな……」


「ピィー!」


 試合終了の笛が鳴る。スコアは30対29。アウゲンブリック船橋の大逆転勝利である。


「か、勝っちゃった……課題を見つける目的だったのに……まあいいか、ナイスゲーム!」


 ななみはレイブンたちに惜しみない拍手を送る。

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