第18話 栄治 さわれない両思い 再

 時が経つのは本当に早い。

 忙しくても暇でも一日は24時間。一年は365日。

 色々とあり過ぎたあの時間。あれからもう一年が過ぎようとしていた。

 今までに無く、この一年は早かったような気がした。

 一日一日が一瞬だったように思う。充実、していたんだろうか?

 俺は無事三年になり、本当に短い間だったが、楽しかったテニス部も引退した。そして俺にとって特別となった、秋という季節がまた巡ってきた。秋になりかけた風が思い出させるのは、これで良かったのか、という自問自答。

 その度に俺は、遠く高い太陽に答えてやる

 これで良いんだ、と。

 香奈はもう帰らない。香奈が死んでしまったという事実も変えられない。香奈を好きになった俺も俺だし、自殺しようとした俺も俺だ。でも香奈のおかげで、気付いたことが一つある。そして今はそれが全てだ。

 香奈の一回忌から数日後、俺は仏壇の前で手を合わせていた。俺の前には線香の香りだけが漂っている。

 ……。

 香奈。ありがとうな。

 香奈のおかげで退院した後も、死ぬ気にならなかったよ。

 ゆっくりと目を開けると、目が合った。

 そんな目で見るなって。俺、頑張ってるだろ?

「おばさん、ありがとうございました」

 俺は正座したまま礼をする。

「いいのよ、栄治くん。あの子も喜んでると思うから……」

「本当に……俺のせいで……。すみませんでした」

 もう一度仏壇を見る。

 テニスラケットとトロフィーを持ってブイサインを決めている。

 俺が見に行った時の試合だ。

 仏壇の横には写真に写っているテニスラケットが置いてある。俺のケツを叩いた、あのラケットだ。

 翔子……。

「あの子も私もね、後悔なんてしてないわよ。好きな人の命を守ったんだから。私は誇りに思うわ」

 まあ後悔はしていないだろうな。

 何せ死んでも告白しに来るくらいだからなぁ……。

 ……さて。

「じゃあ、おばさん。俺、そろそろ失礼します」

 俺は出されていたお茶を一気に飲み干し、玄関に向かった。

 何度来ただろうか、間取りもすっかり覚えた家。

「栄治くん、あの子の分までしっかり生きてね。くじけそうになったら、ほっぺたつねっちゃうからね」

 右手で俺の頬をつねる仕草をしながら言った。

 俺は引きつりながら笑い、家を出た。

 あの親子、似すぎだよな。

 外は照れ屋な夕日に染められた、真っ赤な世界が広がっている。

 それにしても、俺、体持つかな~。

 他に女なんかつくったら呪われそうだもんな。

 俺は歩きながら両手を見つめる。

 ……。

 ああ、くそ!

 翔子の胸、もっと触っておくんだった。

 あまり大きくはないが、形の良い……。

「あいて!」

 頬に懐かしい痛みが走ったような気がした。

 まわりを見るが、誰もいない。



                                完

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さわれない両想い @keserasera1024

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