第17話 翔子、さわれる両思い

 栄治が無事退院した翌日、私は栄治を学校の中庭に呼び出した。

 栄治はもう、とっくに気付いてると思うけど……。私はしなければいけないこと、伝えなければいけないことがある。

 時は放課後。雲が夕日に照らされ、黄金色に輝く空。細い手で必至に風を堪える欅の葉。

 私も堪えられるかな?

「悪い悪い。遅れた」

 栄治が走って来た。

 私はベンチから立ち上がり、頬を叩いて気合を入れる。

 うしっ!

「ん? 何か今、気合入れてなかった?」

「え? ううん。それより大丈夫」

 多分運動不足のせいだろう、少し息が上がっている。

「おお、大丈夫大丈夫! 明日からテニス部も出るから」

「え……うん」

 栄治らしい、と思う。それでこそ栄治だ。

「それより何の用だ? 愛の告白か?」

「うん!」

 いうと思った! だから私ははっきりと言い返した。

「おおう! マジっすか!」

 ふふ……栄治の方が驚いてる。

 香奈、頑張るからね。

 私は軽く息を吸い込んで、言った。

「栄治……私栄治が好き」

 栄治は黙っている。まっすぐな眉毛が少し下がり、真剣な顔になる。私は続けた。

「私ね、前、付き合ってた時は全然素直になれなくて……別れようかって言われた時も、本当は別れたくないのに意地張っちゃって……」

 冷たい秋の風が、火照った顔に心地よく当たる。

 少しだけ、笑顔を作って言った。

「おかしいよね、好きだから付き合ってるのに、友達だった頃の方が素直に何でも話せたなんて」

 私は栄治に誘われベンチに腰掛けた。膝の上で両手を組み、力を入れる。体はすごく熱いのに、震えてる。

「だからね……もし次、付き合えるなら、自分に正直になろうって、世界中の人に『私は新山栄治を愛してます』って言えるようになろうって思う」

 栄治は照れたように笑った。

 一生懸命考えたセリフじゃない。本当に今思ってることを、私はそのまま言葉にした。

 だから……。

「だから……私と付き合ってください」

 私は目をつぶり、頭を下げた。

 初めての告白。意外と落ち着いていたと思う。栄治は何も言わない。何も言わずに、手を伸ばし私の頭を引き寄せる。多分風で乱れた髪を、栄治はとかしてくれた。この仕草が、好きだ。

「ごめんな、翔子。俺、翔子のこと、何も考えてなかった」

 手の力が少し強くなる。胸がドキドキして、顔の中心に何か込み上げてくる。

「泣いていんだよ。素直になるんだろ」

 分からない。悲しいわけでも、嬉しいわけでもないのに、理由の分からない涙が溢れた。もう栄治の声を聞いただけで、涙が出ちゃうよ。涙なんてもう出ないと思ったのに。

「俺、香奈に振られちった。人生初だよ。両思いなのに……」

 そうなんだ。

 私は栄治の空いている右手を握った。そこから栄治の悲しみを吸い取るように、私の手の甲が濡れる。栄治の涙だ。

「俺、もう最後にするよ。女を愛するのはお前で最後だ」

 栄治の頭が、私の頭に優しくコツンと当たった。まるでそこにスイッチがあったかのように、栄治の頭が当たった瞬間、さらに涙がこぼれ出した。

「うん……」

 嬉しくて言葉が出ない。優しく私の頭を撫でる栄治。

「栄治……」

 少し顔を上げて栄治を見つめる。

「ん? して欲しいことがあるなら素直に言えば」

 何でだろう……。

 何で栄治は、私が思ってることがわかるんだろう。やっぱり顔に出てるのかな?

「意地悪!」

 そう言うと私は、栄治の唇に私の唇を重ねた。

 長い、長いキスをした。

 涙の味がした。

 足元のパンジーが、秋風に揺れた。

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