第16話 栄治、感謝

 どれくらいの時間が過ぎたのか、再び目が覚めた時には白い部屋にいた。

 ほんの少し開いた窓からすり抜ける秋の香りと、この部屋の消毒の匂い。頭には包帯が巻かれている。

「病院か……」

 俺はつぶやくと再び目を閉じた。

「そうだよ」

 声を聞いて、また目を開けた。

「びっくりしたー! なんだ翔子か」

 横を見ると制服姿の翔子がイスに座っていた。

「なんだ、はないでしょ」

「俺、生きてるんだな」

 頭の包帯を触ってみるが、痛みは無い。

「……うん」

 小さくつぶやくと、翔子は立ち上がりカーテンを開けた。

「あれ?」

「どうしたの?」

 翔子が振り向く。

「お前、俺と一緒に落ちなかった?」

「うん」

「お前、無傷?」

「うん」

 こいつ人間か? どういう体してんだ。

「あのね、私達が飛び降りた下が、ちょうど保健室でね、布団を干してたんだって」

 それからと、翔子は続けた。

「栄治がね、私を抱きしめてかばってくれたから。覚えてないの」

 翔子はうつむき、照れながら言った。

 そんな記憶はない。無意識に翔子を抱きしめていたのか。う~ん……。女好きな性格直さないとな……。

「ありがとう。栄治」

 優しい秋の陽の光に照らされた翔子が言った。

 可愛いじゃないか。

 光の加減のせいか、翔子が光り輝いているように見える。

 まるで天使のように、あの時の香奈のように……。

「……ごめんな、翔子」

 色々と……。翔子のこと、何も考えてなかった。

「ううん。栄治……」

「ん?」

「……何でもない!」

 そういうと翔子は微笑み、カバンから何かを取り出した。

「はい!」

「ん?」

 なんだこの紙。

「数学と物理の課題」

「あいたたた! 頭が痛い。ダメだこれはダメだ」

 俺は布団の中にもぐり込んだ。

「こら! 寝たふりしないの」

「あははははっ! くすぐるな!」

 や、やめろ。脇の下はホントに弱いんだって。

「やめろ! 俺は怪我人だぞ!」

 さすがの翔子も、そういうとくすぐるのをやめた。

「全く、翔子もまだまだ子供なんだから。体はこんなにオトナなのに……」

 そう言うと俺は、翔子の胸の膨らみを両手で確かめた。

「それが怪我人のすることかな~?」

 出た! 翔子お得意の頬つねり!

「いふぁふぁふぁ! いふぁいって!」

 おのれ翔子!

 俺は同じように翔子の頬をつねる。

「あにふんのよ~」

 お互い変な顔を見て、笑いだす。

 あー、こんなに楽しいの久しぶりだな。

 死んでる場合じゃないな、こりゃ。

 ……ありがとう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る