第12話 栄治、落花

「栄治!」

 幻聴じゃない。屋上へのドアが開けられる音と、翔子のでかい声が聞こえた。

 振り向くとやはり翔子が、髪は乱れ、肩で息をする翔子がいた。

「あんた何やってんの? 死ぬ気?」

 翔子が走りながら叫んだ。

「見れば分かるだろ」

 他に何があるだろう。出来るものなら空でも飛びたい。

 俺は小さな雲が申し訳なさそうに浮かぶ晴天を見上げた。

「死んだら何も出来ないのよ!」

「生きていても何も出来ないこともある」

 俺はバカだな。

「じゃあ……、私も死ぬ」

「お前は死ぬな」

 即答した。

 死んだって何も出来ないことくらい分かってる。

「勝手よ! 栄治が香奈の為に死ぬなら、私も栄治の為に死ぬ」

 翔子は柵を乗り越えると俺の横に立った。

「俺は本気だ」

 涙をぐっと堪えている翔子を見て言った。

 良かった、翔子に会えて。

 一歩前に出る。足のつま先が屋上の淵に出た。下は見ない。

 あー、気持ち良い……。

「だ、だめ……」

「じゃあな」

 ありがとう翔子。

「いや……だめっ! 栄治!!」

 俺はゆっくり目を閉じると、俺の身長である178cmの半円を描くように前方に倒れた。

 香奈……。

「栄治っ!」

 翔子は俺の右手を掴み引っ張ろうとしたが、空中へ投げ出された俺の重みに負けたらしい。

 増して行く落下速度の中、俺は翔子の体温だけを感じていた。

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