第11話 翔子、咆哮の方向

 私の座る窓際の一番後ろの席。その隣が今日は空いていた。

 栄治の席だ。栄治が学校を休むのは珍しくない。気分で学校をサボるし、私も栄治と付き合っていた時は、学校を抜け出してデートをしたことがある。

 でも、香奈のことがあってからは毎日欠かさず学校に来ていた。そして昨日の様子。それを考えると、私は得体の知れない不安に襲われた。たまに体が動いてしまうほどに身震いする。携帯にも電話したが出ない。

 二時限目が始まり二十分が過ぎた頃だろうか、ふと窓から校庭を見ると、自転車に乗った生徒がそのまま駐輪場に入っていくのが見えた。間違いない。栄治だ。今日は自転車で来たんだ。無意識に張っていた肩が落ちる。私は今までほったらかしにしていた古典のノートを開き、遅れた分を必死に書き写した。栄治に見せてくれって言われるかもしれない。

 一階の昇降口のすぐ前にある私の教室。後ろの開いたドアから下駄箱を見ると、やはり栄治がいた。だが、栄治はチラっと教室を見ると、階段を上がって行ってしまった。

 あれ? 職員室にでも向かったのだろうか。いつもならそのまま教室に入ってくるのに……。

 私は考えるより前に、立ち上がってしまった。

 イスがガガっと音を立て、珍しく静かな教室の注目を浴びた。

 古典の、白髪交じりで眼鏡をかけた田中先生も私を見る。

「どうした? 片桐」

「あ、えと……。気分が悪いので保健室に行ってきます」

 瞬時に机に置いてあったハンドタオルを口にあて、言った。女の子の必殺技だ。

「大丈夫か?」

「はい……」

 私は少し前かがみになり、ゆっくり歩いた。いかにも気分が悪いように。

 ごめんなさい。先生。

 私は教室を出ると、音を立てないように階段を上がった。

 栄治のあの顔。思いつめたような、いや、何かを決意したような顔。

 最悪の結末が脳裏をよぎる。考えないようにしても、体が一直線にその場所に向かわせようとする。

 目指すは屋上。栄治は死ぬ気だ。

 私は早足から駆け足になった。階段を二段飛ばしで駆け上がる。スカートが邪魔でしょうがない。

 ようやく屋上のドアの前に着く。引き戸のドアは閉まっているが、鍵は開いていた。閉め忘れでなければ、屋上に誰かいる証拠だ。

 私は勢いよくドアを開け、叫んだ。

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