第10話 栄治、登校投降

 翌朝、閉め忘れたカーテンの隙間から差し込む光で、目が覚めた。

 いつもように長い物語の内容は思い出せない。俺はぼーっとしたままシャワーを浴びると、トーストを焼き、遅い朝食をとった。

 両親は共働きで七時には家を出ているし、姉は数年前に一人暮らしをしている為、朝はだいたい一人だ。

 出窓に置いてある、両親の結婚記念日に贈った置時計は十時を指している。時計が壊れていなければ、とっくに授業は始まっている。

 ゆっくりとトーストを食べ終えると、何も入っていない学校指定のカバンを取り、玄関に向かった。ふと、鏡に映る自分を見つめた。下駄箱の上に置かれたそれには、疲れた表情の俺がいる。体調はいつも通りだが、精神が異常をきたしているのだろう。

 それはそうだ。これから会いに行くんだから……。

 いつもは電車だが、今日は去年に飼ったロードバイクで家を出た。ワイヤレスイヤホンを耳につけ、携帯から最大音量で音楽を流すと、ゆっくりペダルをこぎ始めた。

 国道に出ると、車道脇を車に負けないスピードで走る。

 血が体を巡る感覚。次第に背中が汗ばみ、呼吸が少し乱れる。耳から伝わる激しいビート、歌とは思えない、自分の欲望を叫んだ歌詞。

 俺はずっと考えていた。

 死ぬことの意味を。

 学校に着くとやはり授業中で、しんとしている。俺はカバンを持ったまま、教室ではなく屋上へ向かった。

 危険ゆえに閉鎖されたそこは、鉄柵は低く、飛び降りる為に作られたような場所だ。

 俺はゆっくりと柵を乗り越えると、街を見渡した。

 少しだけのイワシ雲に、晩秋の風。ベランダで揺れる洗濯物。いつもの日常がある。不思議と死に対する恐怖は無かった。

 それはまるで、今まで生きていたことの意味が無かったようにも思えた。

 少し複雑な心境だった。あと一歩前に出れば、俺という人間は終わる。

 それってどういうことなんだろう。

 死ねば分かるのかな。

 あ、死んだら分からないか。

 どっちだろう。哲学的なことなんて、俺には分からない。

 まあいいか。とりあえず行こう。

 香奈。今行くよ。自分勝手な後追いだけど許してな。

 俺が死んだら、どれだけの人間が泣いてくれるかな。俺も香奈と同じセレモニーホールで告別式やるのかな。

 姉ちゃん、幸せになれよ。

 父さん、母さん……ありがとう。

 ごめんな。翔子。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る