第9話 翔子、届かない片思い

「栄治! 聞いてる?」

「ふ? ああ……」

「日記に何か書いてあったの?」

「ん、うん……」

 ダメだ。香奈の家を出てからずっとこんな調子。栄治があんなに泣いたの、初めて見た。耐えられなくて一階に降りちゃった。

 一向に会話の進まないまま、駅に着いてしまった。

「栄治、大丈夫? ちゃんと電車に乗れる?」

「何言ってんだよ。大丈夫だよ。ほら定期だってここに……」

 そう言って栄治が出したのはドラッグストアのポイントカード。

 冗談なのか本気なのか分からない。

「家まで送ろうか?」

 心配過ぎる。

「大丈夫だって! ありがとうな翔子。俺、頑張るよ」

 は? 頑張る? 何か会話嚙み合ってないけど、栄治はちゃんと定期券を改札にタッチしてプラットホームへ向かって行った。

 大丈夫かな。

 腕時計を見ると午後八時前。

 私は券売機で切符を買うと、栄治に見つからないように改札を通り、ホームへ出た。

 栄治……。私は栄治に香奈のことを諦めてほしくて、家に連れて行ったんだよ。

 各駅停車の電車が到着し、乗り込む。

 でも、栄治にはそんなこと関係ないんだよね。

 香奈が死んでいようが、生きていようが、栄治が香奈を思う気持ちは変わらないんだね。

 つり革につかまり、一点を見つめる栄治。窓に反射した栄治の顔は、マネキンのように固まっている。

 あの香奈の日記を見て、何かを決意したんだね。

 駅で「頑張る」って言った時、すごく良い顔してたよ。

 駅に着く。

 良かった。ちゃんと降りた。

 私もゆっくりと静かなホームに降りる。

 懐かしいな。

 栄治と付き合っていた頃は、この駅にも良く降りたっけ。

 栄治の家までの道だって覚えてるよ。裏道を使うと五分は短縮出来るんだよね。

 そう、ここのコンビニの角を曲がって……。

 最初は全然分からなくて、栄治が迎えに行くって言ってくれたのに、私、意地張って断って、結局迷子になっちゃって……。

 それでも栄治は怒らないで、優しくバカだなって……。

 ダメだよ、栄治。

 もう栄治のことしか考えられない。

 涙が止まらないよ。

 もう一度私の涙を拭いてよ。

 栄治……。

 好きだよ、栄治。

 私は栄治が家に入るのを見届けると、近くの公園でしばらく泣いた。

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