第6話 栄治、衝動行動。
「あんた本気なの?」
翌朝、一番に翔子に言われた。
「本気に決まってんだろ」
俺は昨日、告別式もそこそこに香奈について、彼女の友達からあらゆる情報を収集していた。物静かでおとなしい性格だが、友達は多く人望は厚い。それは告別式を見ていても良く分かった。俺の高校はもとより、同じ中学の友達だったのだろう、あらゆる高校の制服が涙を流していた。人間性を問うなら、それだけで充分だ。同じ高校だったのに、何で今まで彼女に気付かなかったんだろう。
「どうやったら死んだ子と付き合えるのよ」
翔子は腰に手を当てて言った。もう元気になったようだ。
「それを今、考えてるんだよ」
頬杖をつき、汚れた机を見つめたまま答えた。そのまま黙っていると、翔子は肩を落としながらため息をついて自分の席に戻って行った。
「あっ。待て、翔子」
そうだ、忘れてた。呼び止めると、翔子は黒髪をなびかせ、ゆっくりと振り返った。目が鋭い。これは怒ってるな。そんな目するなよ。
「何?」
「俺、テニス部に入りたいんだけど」
翔子はテニス部の部長だ。腕もそこそこらしい。
「はあ?」
呆れたように翔子は言った。
「香奈もテニス部なんだろ。だから俺も入る」
「動機が不純なので却下」
翔子は俺の心中を見抜いたかのように言った。
「まあ、いいじゃん。な、翔子! はい、入部届」
「はやっ」
思い立ったが吉日。俺は今朝、職員室に行き入部届の用紙をもらったのだ。テニスなんでやったことないが、まあ何とかなるだろう。運動神経は良い方だし。
「香奈ってテニス上手かった?」
もう呼び捨てだ。本人に向かって言ったことはないし、了承も得ていない。だけど俺は香奈と、そう呼びたかった。
「え……、うん。中学の頃からやってたし、私も何度かダブルス組んだことあるから」
「おしっ。俺も頑張ろ」
小さくガッツポーズすると、翔子は入部届を受け取り、呆れ顔のまま自分の席に戻って行った。
昼休み。
俺はバカ友達の、いつもの昼メシの誘いを丁重にお断りした。昼メシは四時限目が始まる前に胃袋に流し込んだ。俺には向かう所がある。
教室棟と特別教室がある棟の間。そこの廊下の途中にある部屋だ。ドアの上についているプレートには、図書室の文字。
中に入ると司書室にいるであろう教師以外、生徒は誰もいなかった。授業で使う時以外、全く入ったことのないその空間は、不思議と俺の心を落ち着かせた。授業の時とは、また違う空気だ。
差し込む午後の光。紙とインクの独特の香り、まるで別世界のような静けさ。
ここが、香奈が昼休み毎日来ていた場所か……。
本も良く借りていたらしい。
俺はとりあえず、ハードカバーの恋愛小説を手に取る。うしろの貸し出し欄には、やはり香奈の名前があった。
きれいな整った文字だ。ほんの数日前、この時間、この場所で本を読んでいたんだ。
今から追いかけても間に合わないかもしれない。でも、それを考えただけで胸が熱くなる。本の表紙を見ても分かったが、明らかに純愛ものだ。
甘く切ない恋のストーリー。
香奈も恋をしてたのかな?
俺はカーテン越しに、柔らかい陽の当たる席に座ると、ゆっくりと読み始めた。小説を読むのは、苦手だった読書感想文の時以来だ。だが、それは俺の心に染み込むように、読むことができた。
香奈と、一緒に読んでいる気分だ。
放課後。
俺はジャージに着替えると、翔子と共にテニスコートに向かった。
なんか緊張するな~って言ったら、柄でもないって翔子に言われた。
実は結構シャイなとこもあるんだけどな。
木に囲まれたテニスコートに着く。この場所は夏でも少し涼しそうだ。
三年生は引退している為、人数はあまりいなかった。一年生がテニスボールを出したりネットを張っている中、翔子が大きな声で集合をかける。さすが部長。
俺の存在に、集まった部員達がどよめく。
一応、校内じゃ有名なんだよな。俺って。たぶん良い意味で。きっと。
「え~と、今日からテニス部に入ることになった新山栄治くん。テニスは初めてらしいからみんなビシバシしごいてやってね」
翔子が慣れたように言う。
「あ、ども。新山です。翔子はモトカノだけど、別に復縁したとかそういうわけじゃないから……」
バンッ!!
「いって!!」
翔子にテニスラケットで思い切りケツを叩かれた。
「余計なこと言わなくていいの! それから部活中は部長と呼ぶこと!
部員達がさらにどよめく。
「何だよ、しょ、部長。ベッドの上じゃ、あんなに可愛かったのに……」
どよめきはもう止まらない。部員達の頭上に「どよ」の文字が浮かぶほどだ。
俺はその日、部活が終わるまで走らされた。香奈も走っていただろうグラウンド。
翔子って意外と体育会系なんだな……。
香奈、笑ってくれたかな。
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