第5話 翔子、不安安心。
栄治の様子がおかしい。
お焼香をあげているあたりから、何だか視点がはっきりしていない。声をかけても生返事しか返って来ない。私はその時、もやもやした不安を覚えていた。
さらに栄治がおかしくなったのは、告別式が終わりロビーに戻ってきてからだ。
生気が抜けたようにボーっとしていたかと思うと、今度は突然、生き生きと周りの人達に話しかけ始めた。
最初は、私の学校の生徒から香奈と同じ中学校だった子、果ては中学の時の担任にまで話しかけている。
「何やってんの!」
私は、遠山先生と談話している栄治の袖を引っ張って言った。中学の時、テニス部の顧問をしていた先生だ。
「あ、片桐さん。こちらは片桐さんの知り合い?」
遠山先生は、栄治の肩をポンと叩いて言った。栄治よりも背が高く筋肉質だ。中学の頃、憧れていたな、何てことを思い出す。
「お久し振りです。遠山先生」
私は一礼して先生を見上げた。
目が赤い。先生、昔から泣き虫だったからな……。
「えっと、こちらは新山くん。私のクラスメートです」
何だか複雑な気持ちだったが、栄治を紹介した。
「自己紹介が遅れました。新山栄治です。ところで遠山先生、宮島香奈さんは中学の頃、どんな生徒でした?」
はあ? 何を聞いているの? 香奈?
嫌な予感がした。心当たりがある。
栄治は女の子に惚れると、その子のことをとにかく知りたがるのだ。
確かに知りたい本人がいないのなら、告別式ほど情報を集めるのに適した場所はない。
だけど……。常識ってもんがあるでしょ!
気付くと栄治は、また別の人に話しかけていた。
「遠山先生。すみません! 失礼します」
私はまた礼をすると、栄治を追いかけた。
止めなくちゃ。このままじゃ親族の方にも無礼をしかねない。
が、その途中で中学時代のテニス部の後輩に呼び止められた。
「翔子先輩!」
「あ……裕美ちゃんに美穂ちゃん」
一瞬名前が出なかったけど大丈夫。背が低くてえくぼがあるのが裕美ちゃん。髪が長くて胸が私より大きいのが美穂ちゃん。
みんな変わらないな、ってそんなこと思ってる場合じゃないんだけど……。
「先輩……あの方って誰なんですか?」
裕美ちゃんの指差す方向には、話を聞きながら生徒手帳にメモをしている栄治の姿。刑事か、あんたは。出るのはもう、ため息しかない。
「あ、えーと……もしかして、あいつに何か聞かれた?」
私は嫌な予感がして聞いたが、数秒後に的中した。
「はい。香奈について色々聞かれましたけど……」
あのバカ。本気なの? 告別式に何やってんのよ。
明らかに栄治の姿は浮いている。
まるで香奈が密室殺人事件の被害者のようだ。
「もしかして先輩の彼氏ですか?」
「ええっ? いやいやいや、そんなわけないじゃない!」
手を繫いでいたところを見られただろうか、突然聞かれて笑ってごまかしてしまった。
元、とは言えなかった……。
「えー、でもイケメンですよね。ねー」
裕美ちゃんと美穂ちゃんは最後をハモらせて言った。
全く、外見がいいてのは特だわね。やってることは怪しい探偵と変わらないのに……。でも、何故か嬉しかった。
私は結局、セレモニーホールを駆け回る栄治には会えず、昔の友達と思い出話をして家路に着いた。
どっと疲れが出たけど、なんだか少し落ち着いた。
おそらく栄治のせいだろう。告別式だってのに、香奈が死んだという実感がわかなかったのは……。
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