第4話 栄治、出会いは重く。

 合コンはキャンセルした。俺の代わりになりたいやつはいくらでもいる。というか、基本的に女の涙に弱い。さっきは俺の為に泣いていたわけじゃないが、涙目で、栄治お願い……。何て言われて断れる俺じゃない。

 俺のCPUは時に、理不尽な回答を叩き出すのだ。そんな自分も結構気に入っていたりするのだが……。

 ちなみに翔子は彼女じゃない。元彼女だ。

 八十七人目の。

 交際期間は二か月。歴代三位の記録だ。付き合うかーって言ったらOKで、別れるかーって言ってもOKだったのだ。そんなあっさりとした関係のせいか、今でも仲が良い。告別式が開かれるセレモニーホールへ向かう今でも、何故か手を繫いでいる。それも、指を交互に入れ絡ませる方のヤツだ。知らない人が見たら間違いなく彼氏彼女だろう。俺だってたまに、こいつまだ俺のこと好きなんじゃないか? って思う時がある。

 いや自惚れじゃなくて。

 賑やかな駅前から少し歩く。いつも通りの日常。女子高生一人が死んだ程度では、世界は変わらない。人が生きる。人が死ぬ。それはどういうことだろうか? 干渉できるか否かの違いくらいだろうか。俺はそんなことをとめどなく考えていた。

 その間、何も話さなかった。翔子も俺も、一言も。翔子は気が滅入っているようで足元もおぼつかない。俺も翔子に合わせてゆっくり歩く。

 住宅街から離れた、静かな公園の近くにセレモニーホールはあった。最近できたらしいそこは計算されたように木が植えられ、ほんの少しの紅葉が落ち着いたセレモニーホールの外観とよく合っていた。

 建物の中は、やはりというか何というか、重苦しい雰囲気に包まれていた。どんなに外観を明るくしても、人間から発せられる負のオーラというもののせいだろうか。何よりいたる所で鼻をすする音が聞こえる。

 頼まれてもこんな場所で働きたくないな、と思ってしまった。

 さっきまでは、やることやってさっさと帰ろうとだって考えていた。そう、さっきまでは……。

 会場の中に入って俺は止まった。

 思考も。

 呼吸も。

 心臓も。

 死者のみがそこに居座ることが許される、黒く縁取られた額の中。天使のように微笑む彼女に吸い取られてしまったように俺の体はその機能が停止した。まさに電撃に撃たれたような衝撃だ。

 手が痺れて動かない。動かせるはずなのに動かせない。視界がきゅーっと狭くなり、彼女の顔しか見えない。さっきまで会場に流れていたクラシックも聞こえなくなった。

 その時、俺は彼女の遺影に、文字通り一目惚れした。

 これが一目惚れってやつか。

 今までの恋愛が、人を好きになるということがちっぽけなことに思えた。

 目が離れない。

 写真の彼女の目と見つめ合ったまま、時間が止まったように俺は何もすることができなかった。

「栄治?」

 どれくらい立ち尽くしていたのだろう、翔子が声をかけて、俺の時間はようやく動き出した。ちなみに心臓だけはちゃんと動いてくれていたようだ。

 頭はボーっとしたまま、翔子に続きお焼香をすます。作法なんか分からない。それをすることの意味も分からない。

 もし成仏させる為なら、俺はお焼香なんてしたくなかった。

 成仏なんかしないで欲しいと思う。幽霊でいいから会いたかった。この思いを伝えたかった。

 そして、棺に眠る宮島香奈を見た。

 綿が鼻に詰められ、顔は蒼白。

 初めて見た遺体。

 もう動くことも、呼吸することもない。生命の活動を停止した、元人間……。

 それでも俺は宮島香奈を美しくすら感じた。白雪姫に口づけをした王子様の気持ちが分かるような気がした。

 実際、棺の中にいなければ、口づけをしていたかもしれない。

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