隣人A
連喜
第1話
何か書くのは久しぶりだ。ここは書くことが好きな人たちが集まっているから、いつも楽し気で明るい雰囲気に満ちている。自分もそろそろ何か書きたくなって来る。
しかし、面白そうな話が思いつかない。
不思議なのだけど、ストレスの多い生活をしている時の方がネタが浮かんでくる。これまではストレスの代償として、書くことができていたのだと思う。
今はストレスを感じないはずだけど、将来に対する不安が強い。なぜかと言うと、随分前に仕事を失ってしまったからだ。年齢的に正社員での就職は厳しい。しかも、働くどころか外出もしていない。クビになったのが恥ずかしくて誰にも連絡できないし、姿を見られたくないからだ。
だが、一人でも断じて寂しくはない。
家にいても笑ったり、歌ったり。騒がしい。静かなのが嫌いだから、大体YouTubeを流している。音楽や面白動画よりも、情報系のコンテンツを好んで見る。ホリエモンや元オリラジの中田好きだ。勉強になる。新しい動画が出ると大体その日に見る。
「へー、そうなんだ」
「知らなかった」
富豪だと思っていた人がピンチだとテンションが上がる。借金があっても俺みたいにアパート暮らしをする必要なんかないだろうが。一度、破産するくらいに転落したらいいのにと思う。
いつも二人の声を聞いていると、友達みたいな感覚になってくる。私生活で友達がいないのに奇妙な感覚ではある。
ホリエモンに会ったことはないけど、中田は大学の後輩でもある。でも、年齢が違いすぎて会ったことはない。
知っている人も多いと思うけど、世の中は6人の人間を介せば、ほぼ繋がっているらしい。俺は以前、著名な大学教授の●●と話したことがある。その人は●●を知ってるはずだから、岸田総理とつながる。岸田総理はゼレンスキー大統領と繋がって、プーチンに至る。
中田なら間に一人入ればすぐにつながるだろう。彼はお笑いでも、YouTuberとしても大成功している。俺みたいな無職のおっさんでは天と地ほどの差がある。大学時代は大して差はなかったはずなのに、なぜ?
俺はこんな風になってしまったんだろう?
あちらは物価の高いシンガポールに住んでて、どうして俺は足立区のアパート暮らしなのか。不思議でたまらない。一体どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。忙しい会社になんか行かなければよかった。リストラのある会社なんて俺にはふさわしくなかったのだ。
俺はずっと高収入が続くと思ってマンションを買おうなんて発想はなかった。そのせいで格安のアパート住まいだ。住んでいる人に申し訳ないが、いい歳をして独身でアパート暮らしは恥ずかしい。俺の同級生はみんな結婚して、資産家出身の人か美人の奥さんをもらっている。家だって7〜8千万くらいの所に住むのが普通だ。マンションなら一億くらいが相場だろう。
バイトしたいけど、K大卒の学歴が邪魔をしてしまう。アルバイトの履歴書に出身校●大なんて書いてあったら、いかにも落ちぶれたように見えて、面接する人も面白がるだろう。同僚たちとも話が合わないに違いない。それで、長年踏ん切りがつかないでいる。
失業保険をもらえる時期が過ぎたら、貯金を切り崩しての生活が始まった。貯金はある程度ある。しかし、いつまでもこんな暮らしができるわけがない。老後はどうするんだ?病気になったら?どうしていいかわからないジレンマに襲われている。今からでも結婚したい。急に倒れたりしたら、誰かに世話をして欲しい。相手は仕事をしている人なら誰でもいい。
そういう気持ちがいつも頭の片隅にあって、どこに行くわけでもないのに心のどこかで出会いを求めていた。
****
俺が住んでいるのは、アパートの一階。築四十年。1DK。家賃は四万円だ。都内でこの金額は安い。風呂トイレ別で、日当たりがいいのが自慢だ。庭に面したサッシを開けると隣の家の桜が見えて、ちょっとした花見気分を味わえる。野良猫もやってくる。みな埃っぽくて汚れているが、かわいい。
野良猫は俺にとっては家族みたいなものだった。
猫を飼うのは金がかかるけど、俺が払うのは餌代だけだ。ホームセンターで一番安い餌を買って来て食わせている。何か食っている間や、部屋にいる間は主人面できる。俺に従ってくれるのはこの子たちしかいない。
もし、本気で猫を飼うなら病院代がすごいらしい。最近知ったが、猫は腎臓を悪くすることが多くて、病気の猫だと獣医代が年間20万以上かかるそうだ。そんな金額払えないから猫は飼えない。
うちに猫が来る前は部屋の中でインコを放し飼いにしていた。ウンコを落としたら拭けばよかったから、世話も楽だった。インコは猫より喜怒哀楽がない。病気でもわからない。
猫がいるところでもインコを放し飼いにしていた。猫は飛びかかろうとするがインコは飛べるから無事だった。
しかし、たまたま遊びに来た野良猫が網戸を開けてしまい、俺のインコは外に逃げてしまったようだ。セキセイインコが大空に飛び出して行く姿。その場面を俺は見ていない。それっきりだった。ずっと餌をやってたのに、結局、なついてなかったんだ。俺は自分の価値を見失う。
俺が大声で猫に「どこやったんだよ!」と怒鳴ったら、猫はすまなそうな顔をしていた気がする。猫は賢いから人の言っていることがわかるんだ。俺はそれ以上責めるのをやめた。
俺は猫たちを恨んではいない。
今の俺には唯一の友達だ。
猫に善悪などわかるはずはないし、ただ、サッシを開けて外に出たかったんだろう。
猫はひっきりなしに家に来る。我が家が餌場になっているからだ。常連は十匹ほどいるのだけど、皆、かわいい。全ての猫に名前をつけている。
猫たちは俺に懐いてくれていた。まっすぐな透き通った目には無垢な愛を感じた。
冬の間はずっとうちにいついていた。まるで家族同然に一緒に飯を食って寝ていた。
しかし、春になって猫は外に出て行き、戻って来なくなった。外でニャーと鳴いても、サッシに駆け寄った時はもう姿が見えなくなっていた。
かわいかったタマ、クマ、トラ、シマ、みんないなくなってしまった。俺はみんなが戻ってこないかと、寒いのを我慢して網戸にしていた。
「さ、おいで」
近くで中年の女の声がした。
「え?」
俺は愕然とした。どうやら、同じアパートの別の部屋に住んでいる女が、俺の猫たちを餌付けしていたのだ。ホームセンターで売っている安い餌より、その女の餌の方がうまいのだろう。
ちくしょう!!!
猫たちは俺の部屋の前は素通りだった。
猫たちが俺を無視して歩いて行く。
バカにしやがって!
恩知らずめ!!!殺してやる!!!
俺はブチ切れる。
お前らなんか俺がいなかったら餓死か凍死していたのに。
その女も憎たらしかった。
今まで後ろ姿しか見たことはないが太っていて、尻がでかかった。それなのに、なぜかいつもロングのワンピース姿で、体にぴったりと張り付くような、ボディコンのような服ばかり着ていて、背中にはブラジャーの線がくっきりと透けて見えていた。髪は半分が白髪で後ろに束ねていた。
年齢的には六十近いのではなかろうか。
俺はその女を心の中で軽蔑していた。太っているのに、そんな服を着やがって。若い頃が忘れられないんだろう。
こんなアパートに住んでいるくらいだから、金がなさそうなのに、なぜか贅沢な暮らしをしているようだった。生活保護でも受けてるんだろうか。通路に置いてある全自動の洗濯機は真新しくて、使い終わるとカバーをかけていやがった。通路に自転車も置いていて、それもシルバーのちょっと値の張りそうなカバーをかけていて、通行の邪魔だった。それで、よく自分の家の前の廊下を掃いていたが、隣にゴミを移動しているだけだから、両サイドの部屋の前には埃と細かい草の切れ端のような物がたまっていた。
大家はそのことを注意しなかった。それなのに、俺が廊下にゴミを出していると、すぐに苦情を言われた。俺は大家から嫌われていたんだ。家賃を滞納したことなんかないのに、なぜかわからない。
「江田さん!ネズミやゴキブリが集まって来るからやめてください!」
冬でもそう言われたもんだ。
一方、女は全く注意されていないみたいだった。なぜだろうか?家賃は変わらないだろうに女の借主の方がメリットがあるのだろうか。
邪魔だから、そいつの家の前を通るたびに自転車を倒してやりたいといつも思っていた。
夜に通った時は、唾を吐いて行ったこともあった。
それだけでなく、かわいがっていた猫を奪われたのだ。
猫たちがこのアパートに来るようになったのは俺がきっかけだ。
餌を与えてかわいがってやったからなのに。
それを横取りしやがって。
「やだ~!」
俺がパソコンでYouTubeを見ていると、女の裏返った笑い声が聞こえて来た。
「きゃはははは…くすぐったい!やめて~ぇ!いやぁ!」
一瞬、男女がふざけ合っているのかと思った。
そんな若い人なんて、ここには住んでないはずだった。
よくよく考えると、このアパートに女はあのおばさんしかいない。紅一点だと勘違いして調子に乗ってるんだ。こんな場所に女が来るとしたら金ももらって出張して来てるプロの人くらいだろう。
二軒隣なのに俺の方まで聞こえて来る。うちのすぐ隣は、ほぼ寝たきりのおじいさんが住んでいたと思う。きっとムカついているだろうな…。気の毒になる。年を取ったおばさんがはしゃいでいるのを見るほど腹が立つことはない。
俺はのそのそと立ち上がると、下駄箱に中にしまっておいた工具を取り出した。工具なんか買っても、結局一回しか使っていなかった。ようやく出番が来たと思うと嬉しかった。
廊下は一応電気も付いておらず真っ暗だった。おじさんでも怖いと思うくらいに暗い。
しかし、何かするには好都合だった。足をひそめて女の部屋の前に来ると、車輪のスポークをパンチで静かに切り刻んでやった。女の部屋からは煌々と明かりが漏れていた。相変わらずきゃきゃっとはしゃぐ声が聞こえる。
俺がここにいることは、夜中だから誰も気付いていないと思う。
いや、気付かれてもいいんだ。
俺は女に天罰を与えてやるんだ。
そしてポストには、次はお前を殺すと書いた手紙を投函してやった。
女が怖がって引っ越してくれないかと楽しみでなかなか寝付けなかった。
俺はずっと寝返りを打ちながら朝を迎えた。
すると、不思議なことにサッシの向こうで猫が鳴いていた。
ニャーと俺を呼ぶ声がした。
慌てて起き上がって開けてやると、猫が二匹なだれ込むように入って来た。
舌なめずりをしながらやって来たが、どちらも生臭かった。
「お前たち、久しぶりだな。元気だったか?」
俺は久しぶりにやって来た猫たちを歓待して、牛乳を皿に入れて飲ませてやった。
飲んでいる間背中を撫でてやった。汚れてべたべたしていた。
猫は基本風呂に入らないから仕方がない。
春になって埃っぽくなったんだろう。白い部分は赤黒かったり灰色になっていた。
「お前たちどこ行ってたんだよ!寂しかったぞ」
俺は猫たちを責めた。猫たちは平然と俺の部屋でくつろぎ始めた。今まで止まっていた時間が再び動き出した。
俺も一緒に横になる。そうだ。この冬、俺はずっとこんな風に猫たちと過ごしていたんだっけ。
そのうち他の猫もやって来た。なじみの顔ばかりだ。俺のことをちょっと見下したような顔をしていた気がした。浮気して戻って来た旦那を受け入れる哀れな細君のようだった。そう。俺は猫たちに支配されているのだ。俺は張り切ってキャットフードを皿に持って出してやった。
しばらくすると、廊下に人がいる気配がした。
妙に厳しい口調で、借金取りみたいだった。
あのおばさんの家だったらいいなと思った。
すると次に大家さんの声がした。
「いや~。なんか姿をみないと思ってたんだよねぇ…まさか…。元々持病があって生活保護もらってたみたいだけど、家賃遅れたこともないし、いい人だったんですよ」
隣の爺さんが亡くなったのか。俺はちょっと楽しくなった。毛玉だらけのトレーナーを上に着て、廊下に出てみた。
「あ、どうも」と、大家に頭を下げた。
すると、人が集まっていたのはあの女の方だったのだ。自転車が邪魔で爺さんの家の前に立っていただけだった。
「どうかしたんですか?」
「いやぁ…女の人が孤独死しちゃって…でも事故物件じゃないよね?お巡りさん。事故物件になったら困るよ。今だって安すぎるんだから」
夜中まで元気だったのに、あの後、心臓麻痺でも起こしたんだろうか。
俺は自分が、生前最後に声を聞いた人間だと気が付いて、神妙な気持ちになった。気の毒かというとそうではなかったが。むしろいい気味だった。
するとうちに警察がやって来た。
自転車を壊したのがばれたんだろうか。俺は不安になって来た。
被害届が出てないのに逮捕なんかされるのか?
俺はしらを切ることにした。
「3号室の蒲山さんについてお聞きしたいんですけど」
「あ、あの亡くなった女の人ですか?」
俺の声は心なしか震えていた。
「はい。女の人っていう認識はあったんですね?」
何を言いたいんだろうか。こいつ。
「はい。いちおう。後ろ姿が女性だったので…いつもピチピチのワンピースを着て髪をこう後ろに束ねてて。男には見えませんでした」
「はあ。けっこう、よく見てますね」
「いえ…女性はこのアパートにあの人、一人ですから」
警察は変な顔をした気がした。
かすかに見下したような顔だ。
「どうしても目に入ってしまうというか…。やっぱり目立ちますからね。どうしてこんな汚いアパートに住んでるんだろうって」
「話したことは?」
「ありません」
「交流はなかったんですか?」
「ぜんぜんありません…僕は他の住人の人とも会釈くらいしかしないので」
顔も震えて来た。もともと対人恐怖症で緊張すると顔も声も震えてしまう。
警察の人は俺がどういう経歴で、いつから住んでいるかなどを聞いて来た。
そして、警察署に来て欲しいということと、指紋を採取したいと言われた。断れないので応じることにした。
どうやら女はかなり前に亡くなっていて、サッシが開けっ放しだったから猫が自由に出入りしていたそうだ。
「でも、発見される前日の夜、部屋に電気が点いていましたよ」
俺は事情聴取を受けながら話した。おばさんは前日まで生きていたはずだ。
「どうしてそれを知っているんですか?」
「いえ、ちょっと散歩に行こうと思ったんで…コンビニでなんか買いたかったし。その時、部屋の前を通りかかって」
「その日は一度も出かけなかったって言ってたじゃないの?あんた嘘なの?」
俺より年下に見える刑事が馬鹿にしたように聞き返した。
「いえ…。コンビニって外出に入らないかと思ったんで。でも、すいませんでした。忘れてて…あの家から笑い声も聞こえてたし、人がいたと思いますよ」
「どうしてそう思うんですか?」
「声が聞こえてましたから」
明らかに俺が嘘をついていると思っていやがる。
「隣のおじいさんも知ってるんじゃ?」
おじいさんも聞いているはずだと俺は思った。
「隣は引っ越して誰も住んでませんよ」
「おじいさんが住んでたんじゃないんですか?」
「何か月か前に施設に入って今は空き部屋です」
近所付き合いがなさ過ぎていないことにも気付いていなかったらしい。
警察によると、俺がおばさんをレイプして殺害。遺体を放置したと思われているようだった。首には絞められた跡があるということだった。
俺はおばさんを殺したんだろうか?
そう言えばいい体をしていたっけ。
贅肉が盛り上がったむっちりした背中。
ブラジャーが食い込んでいる、でこぼこした肩の線を思い出す。
Tシャツの後ろにはブラジャーのフックまでが空けていた。
そして、より目立っていたのが腰のラインだ。パンツは若い子が履くような小さいのを履いているのがわかった。下に履いているパンツの柄がシャツから透けていて、贅肉がその上に乗っかっていた。
腹の上の贅肉もその小さな生地に乗っかっていて、土偶みたいな体型だった。
豊満な原始的な体型。
そう言えば俺は昔から太った女性が好みだった。
所謂デブ専だ。
その人は掃き溜めの鶴というか、やっぱり、掃き溜めの豚だった。
豚は泥の中にまみれていても、ピンク色の肌をしていて艶やかで官能的である。
女の肉体がたまらなく煽情的で俺は目を離せなかった。
その女は、異性に縁のない貧しく哀れな男たちを、いたぶるように、いつも裸のような格好で廊下に立っていた。意味もなくいつも廊下にいて、わざと屈んだりして、見せつけていたのだ。きっと誰かにかまって欲しかったんだろう。
俺はその人に興味があった。しかし、元来奥手で人と話すのが苦手だ。うまく女性に声を掛けられない。だから、猫をだしにして庭から女の家を覗くようになった。女も俺が見ているのと気が付いていたが、まんざらではなさそうだった。わざとセーターを脱いで肌色のブラジャーだけで過ごしたりしていた。日本人には滅多にいないほどのすごい巨乳だった。
そして、ある夜、俺は我慢できなくなって、縁側から女の部屋に侵入した。すると女は意外にも驚いて騒ぎ出した。
「あんた誰!」
女はそう叫んだ。俺は「今更何言ってんだ」と思ったが、気が動転してしまった。今まで俺に色目を使っていたのに何だ…と憎らしくなった。
俺は夢中になって、傍にあったコードで女の首を絞めて殺害した。そして、まだ硬直の始まらない、だらんとした重い体と交わった。生きていて反応があったらどんなによかっただろう。と、殺してしまったことを激しく後悔した。
それから、俺は家に帰って飯を食った。
やっぱり女が恋しくなって部屋に戻り、と何度も交わった。しかし、体が腐って悪臭がするのに時間はかからなかった。
俺は女の死体が邪魔になると、その肌に猫が大好きな魚の缶詰の汁を塗りつけた。すると猫たちは餌だと思って遺体にかぶりつくのだ。鋭い牙で女の皮膚を食い破る。やがて、遺体は猫に食いつくされて骨だけになってしまったらしい。俺は見に行かなかった。
俺の気付かぬ間に、猫は味を占めて女の部屋に通い詰めていたようだ。この悪意のない犯罪行為は誰にも気づかれることはなかった。
俺は女に申し訳ないとは思っていない。女が寂しそうだったから、慰めてやろうと尋ねて行ったのに、騒ぐ方が悪いんだ。あんな最低の場所にいてさえも、女は俺を選ばなかった。俺の何がいけないんだろう?俺は学歴も貯金もあるのに。誰も俺を選ばない。
猫たちも俺より女の方を慕っていた。
しかし、女がいなかったら、また猫たちは俺のところに戻って来る。俺はそう思ったんだ。だから殺したんだ。
こうして、俺が家に帰れなくなって猫たちはどうしているだろうか。
心配だから餌をやりに行きたい。刑事に頼んだら、大家さんに相談してみると言ってくれた。
俺の貯金で餌を買ってやって欲しい。
猫たちに会いたい。俺の家族は猫だけだ。
*******
以上が刑事が考えたシナリオだ。
俺はそのプロットを繰り返し叩きこまれた。数回聞いただけで、頭の中にイメージができあがった。
俺はもともと頭がいいから、独自のアドリブを入れるまでになった。その時の刑事はすごく嬉しそうで優しかった。俺は初めて人から認められ気がした。
目を瞑るとあの夜のことを思い出す。おばさんの笑い声だ。
なまめかしい、じゃれ合う声。
「やだ!エッチ!」
今考えると、あれは多分、アパートの隣のマンションから聞こえて来たんだ。誰かは知らないが、中年女の喘ぎ声だったのだと思う。隣の賃貸マンションは●●コーポと言って、俺たちが住んでいた●●荘よりは、ちょっと高級な建物だった。
行き場のない老人が住む●●荘と違い、もう少し若い人が住んでいただろう。
おばさんの部屋の電気がつけっぱなしだったのは、明かりをつけたまま亡くなったからだ。昼間、電気が点いていても誰も気が付かない。夜中ずっと点けっぱなしでも、誰もおばさんの家なんか見ていない。夜中まで起きていようが、何だろうが、うるさいわけでもない。
目を瞑ると、おばさんがカーキー色のロンティーを着て、素足にビーチサンダルを履きながら、廊下に立っていた時のことを思い出す。
なぜか足を開いて立っていた。足は毛がぼうぼうかと思いきや、つるつるだった。年をとっても、まだムダ毛を処理しているなんて、一体何を期待しているんだろうか?俺はすれ違った一瞬でくまなく女の体を眺めた。
ちょっと垂れかかった胸は見たこともないほど大きく突き出していた。腹も出ていたし、尻もでかい。肉感的で原始的なふくよかさは、アフリカにでも行ったらモテるに違いない。アフリカで獣を追う狩人たち。たくましい男たちにはこういう女が合うのかもしれない。俺は胸の中でおばさんを賞賛したい気持ちになった。
しかし、女は俺が通るのに退こうともしなかった。洗濯機の前に立って、こちらを見ようともしなかった。俺は無視されたんだ。挨拶ぐらいすればいいのに…。他の人には挨拶するのに俺は無視されたんだ。女が憎かった。
おばさんはすっぴんで原住民みたいな横顔だった。白髪と茶色がかった痛んだ髪をしていたけど、すれ違った時、ちょっといい匂いがした。俺はもやもやしてしまった。殺してやりたかった。
しかし、自分の名誉のために言っておくが、俺は太ったおばさんなんか好きじゃない。血迷っただけだ。興味はあった。でも、俺たちに何が起きたかは、もう思い出せない。
俺は自白を翻すつもりはない。
刑事たちは、俺の話を初めて真剣に聞いてくれた、彼らを安心させるために協力してやりたいと思っている。
これは脳内で書いている。もうパソコンを使えなくなったからだ。
隣人A 連喜 @toushikibu
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