第19話 廃れぬ思い
敬語。
立場上、”目上”の存在への尊敬と忠誠を表す、丁寧で遠回しな言葉。クババたちの世界にも存在するが、この星……いや宇宙の原始的な社会制度では存在しない。まだ無為にいきる彼らには立場の上下なんて概念すらもない。
クババはやっぱり答えを出せなかった。
なんとなくで終わった集まりの片付けもそうそうに、クババはギョベクリ・テペの後ろに置いてある宇宙船に向かう。こないだ帰った時に、今地球上空を飛ぶブラックナイト衛星の説明書をもらってきた。その時の記憶が正しければ、この船からブラックナイト衛星を通じて連絡が取れたはず……。
「あったあった!で?なんて……?」
クババは苦手な文字の羅列に目を通す。
「何をしているのですか」
「あぎゃふひゃひん!!」
「は?」
「なに、なによケルビム……。急に話しかけないで頂戴……」
「私はにわかに話しかけました」
「同じ意味じゃないのよ……」
クババは心拍を落ち着かせる。
「で、なにを?」
「そうそうそれがね……」
クババはさっきの男性の話を一つ漏らさず伝える。
ケルビムはクババほど気に留めず、それはただ丁寧な言い回しというのが人間の本能にあるのだと解釈した。
「それで、ブラックナイト衛星で通信していこうと思うのよ」
「それなら気をつけてくださいよ。この世界の人達に通信なんて通じませんから……」
まーたこいつは私に釘をさしやがる。
「わかってるわよ」
クババは片手間にそれを返した。
通信中、の文字が画面に光る。計器の小さなモニターだが、音が聞こえれば問題はない。こう見えて耳はいいのだ。
「はい、繋がりました」
向こうから明るい声がする。たぶんバルバス。
「久しぶり。クババよ。ひとつ尋ねたいことがあるのだけれど」
「はい、なんでしょう」
「それがね……」
クババは本日二度目の説明をする。クババがこの世界で敬語を使う人に会ったこと、こっちでは敬語や”目上”の概念がまだないこと、あとはケルビムのいう敬語本能説。
するとバルバスはすぐに、
「それはドグマですね」
と結論を出してしまった。
「ドグマってなによ」
「教義とも言いまして、宗教の信者が守る戒律やその宗教の教えそのものなど……ま、要するに信仰の発生ですわ」
「信仰って……そんなつもりないのだけれど」
そういえば前にゼルエルも似たようなことを口にした。
みんな何そんなに私が信仰させたいように見えてるの?
「クババ様、思い出してください。今我々の世界ではほとんどあなたを信仰するように君主として認めています。ですが、クババ様は意図してそうしたのですか?違うでしょう」
バルバスが納得いかないクババをなだめる。
「クババ様は我々に、政治そして産出という形で富を生んでくれた。そしてこんどは地球の人々に、クババ様は優しさを与えた」
「それが、トリガー……」
「そういうことです」
バルバスは、クババのカリスマ性をやはり気に入っていた。まったくの無意識で、それでいて的確に、ひとの上に立てる人物は多くない。
自己犠牲も、他責も他傷もない、平和な統治。それができないのがクロノス軍なら、研究するまでもない。
クババは通信を切ってしばらく、その場に黙り込んだ。
敬語が信仰の発生というのは大袈裟だと思うが、ただゼロから一が生まれたという点においてはこの研究の大きな進歩だ。報告書はケルビムに任せるにして……以外にも、この星の成長は早いことを実感した。
「クババ様」
ゼルエルの中性的なハスキーボイスが聞こえて現実に引き戻されたクババは、機材を片付けて帰路についた。思いのほか話し込んでしまっていたようで、まだ沈みかけだった太陽はどこへやら綺麗な月が高く浮かんでいた。
「お腹すいたー!」
「ひとことめがそれなら元気だね」
クババが帰宅すると、エメメが安堵の笑みとため息を浮かべる。子どもたちはもう寝てしまった時間。ライースとエメメは夕飯を温め直してくれて、服も片付けてくれた。
「こんな時間まで、どこかの家にいたの?昼間ずいぶん働いてくれたようだけれど……、」
ライースが不思議そうに訊く。
娯楽もなにもなく、この時間になれば真っ暗なこの時代、外で夜を過ごすことが珍しいからだろう。
「少し、地形の確認へね。広場を広げようと思って」
「あんなに広いのにかい?」
エメメも話を聞いていたようだ。
「ええ。ちょっと、やりたいことがあってね」
クババはなにかを
【休載中】バディ 桜舞春音 @hasura
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