第18話 ドグマ

 今まで気づかなかったが、この地域には相当な数の子どもたちがいた。

 たしかに、ライースも二人の子どもを産んでいるし、彼らも帰ってくるたび結構な人数で遊んだ話をしてくれていた。が、この広大なギョベクリ・テペを簡単に埋め尽くせるほどの数……子どもだけでざっと数千人はいるような感覚にさえ陥った。


「人が多いわね……」

「そうかい?これでも何年か前の嵐で減ったほうさ。老人もほっときゃ死んでくしね」

 エメメが言う。

「おかあさん、言い方気をつけてよ!子どもたちいるんだから……」

 ライースが店に並べる宝石の箱を運びながら注意する。

「悪い悪い。どうも歳を取ると”取りつくろう”ってことを忘れるみたいでね」

 家族が笑いに包まれる。

 それは、他の家族も同様だった。みな噴水や涼しい日かげのなかで、団欒や談笑を楽しんでいる。その傍らクババたちのように店の支度を進める家族もいる。ギョベクリ・テペはただの広場ではなく、ほんとうにひとつの街のようだった。


 クババは店の準備が整うと、この日のためにケルビムと子どもたちとで作ってくれた看板を軒先に立てた。


「この世で一番当たる占い!経験と強運で示すぜ未来!!エメメの占いだよぉ〜!!」

 客引きはクババの超得意分野。声がでかいのと髪が赤くて目立つのとで、とにかく人を集める集める。

「宝石もあるよ!!大好きなあの子に……愛するあの人に……お世話になってるあの方に……!プレゼントにも最適!!お立ち寄りくださいまし〜!!」

 演技を交えながらひたすらに客を呼ぶ。


「あ、エメメさんとこだわ!占い一回頼むわね」

 一人目の客はライースのママ友らしい快活な女性。

 エメメが水晶占いをしている奥の小部屋に案内して、クババは再び客引きの仕事に戻る。

 喉を使うから水必須だが、すぐそこに水場があるから、看板の一つでも持って水場に行けばむしろ宣伝になって良い。水場作っといて良かったのかも。


「やっぱエメメさんは凄いわぁ。ねえ聞いてちょうだいよお嬢ちゃん、わたしの誰にも見せてない生まれつきの傷のこと当てたのよ!何年も前に亡くなった親か旦那しか知り得ないのに!!あれは占い結果の”凶”も当たってしまいそうね……」

「いや〜、でも何をもってして凶かですよね。もしかしたら、あなたを傷つけてくる奴にとっての凶かも!!」

 クババは笑いながら言い飛ばす。

 するとおばさんは神妙な表情になってそれから、

「あなた若いのに面白い視点ね。深いわ」

 と微笑む。


 おばさんはクババの後ろにある棚から水晶のアクセサリーをひとつ手に取って、

「これいただくわ。安くて申し訳ないけど、あなたのお駄賃にでもしてちょうだい。はいこれお代」

 さっそく首からかけて去っていく。その後ろ姿は、来た時よりも清々しい感情をまとっていた。


 街は陽の傾きとともに少しずつ静かになっていく。クババはそんな様子も好きだった。


「おねーちゃん、なんで赤いの?」

 それから小一時間ほど接客を続けて、お昼時になって人が減ったと思い座っていると視界にも入らないほど小さな子が話しかけてきた。

 目線を下げると、ブロンドの髪に淡く茶色がかった緑色の瞳が綺麗な男の子だった。


 赤いというのはクババの髪のはなしだろう。たしかにクババは元いた世界でもあまり他に生まれることのない明るい赤色の髪をしている。誰からも生まれていないからなのか知らないが、髪質も少し変だ。


「おねーちゃんが生まれる前に、赤がいいなーと思って選んだのよ」

 クババは男の子に目線を合わせて言う。適当な回答をしたつもりが思いのほかファンタジーなこと言っちゃって自分でもびっくり。

「でもぼくは選んでないよ?」

 何か間違えただろうか。と焦る。男の子は泣きそうになっていた。

「どうしたの?」

「あのね、ぼくの目の色が汚いっていわれるの。枯れ葉みたいって」

 それはクババが死ぬまでに根絶したいことトップテンには入っている生物の欠陥……”いじめ”だった。


 クババは彼の瞳をまっすぐ見つめ、彼がぽつりぽつりと話すその内容を詳しく聴いた。彼が友だちにされた仕打ちを話す度、クババの心に細い針が刺さる。


「うん。よくわかったわ。でも、気にしないことよ」

 クババは聴きながら考えた単語を言葉として紡いでいく。

「君の目の色はとても綺麗。枯れ葉?枯れ葉の何が汚いのよ。枯れ葉の音は独特で個性的で楽しいし、そうして踏まれて粉々になっても肥料として周りの木の役に立てるのよ?素敵なことじゃない。傷つけることしかできない太陽より、人を助けられる雨のほうがよっぽどいいわよ。縁の下の力持ちってね」

 男の子は依然泣きながらも、クババの言葉をちゃんと聞いていた。クババは子どもを育てたことはないが、泣いていても案外ちゃんと伝わるもので、小さい子の器用さは侮れない。


「レヨン!!」

 その声に、男の子が振り返る。

 声の主は彼と同じブロンドの髪をした男性だった。他の人より顔の彫りが深い。

「だめじゃないか、お友達から離れちゃ」

「ごめんなさい」

「……また目の色のことか?」

 男の子は無言で頷く。男性は父親だった。

「ぼく、もうあの子たちとはあそばない」

「え?」

「おねーちゃんがね、目の色、綺麗って。枯れ葉はエンの下のおもちだって」

「縁の下の力持ちね」

「あ」

 男の子が間違いに赤面する。


 父親はクババを見る。

 赤い髪に青い目。最近エメメさんのところに住みだしたと噂の若い男女だろう。


「そんなことを言ってもらってこの子も嬉しいでしょう。この子はずっと目の色を気にしておりまして……。失礼はなかったですか?」

「ええ。とても素直で器用な子よ」

「えへへ」

 男の子が褒められて喜ぶ。もう涙は止まっていた。代わりに涙の跡が、彼の決意になっていた。


「あれ?」

「ん?」

「さっきあなた……”なかったですか”って言った?」

「あれ、言葉がおかしかったかな……」

「いいえ、なんでもないわ。失礼だったわね」

「いや、いいんだ。……この子と僕は家族は少し離れたところに住んでいるからなかなか会えないとは思うが……会ったら仲良くしてやってほしい」

「ええ勿論。うちにも少し歳が上だけど子どもたちが居るから、こちらこそよろしくね」


 男の子と男性はそれで帰っていく。


 クババは今にも店番をほっぽってケルビムを探したい気持ちを抑え、今起こったことを整理する。


 ―あの男性は一体何者なの?


 彼はさっき、『なかったですか』と尋ねてきた。まだ宇宙には……少なくともこの地球ほしにはないはずの、敬語を使って。

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