第17話 矢場

 セラフィムの研究室は前に来た時より片付いていた。


 全体が青い光に包まれた暗い部屋。宇宙空間はその中に広がっている。


「いやあ助かりますねぇ」

 セラフィムが資料を引っ張り出しながら呟く。

「なにがよ」

「いや、今回はちゃんとアポ取りしてから来てくれましたから」

「いつもしてるじゃない」

 するとケルビムが

「二秒前にですけどね」

 と加える。


 たしかに研究所に着いてから電話してたわ。


「そういえばブラックナイト衛星ってアレでいいの?」

「ブラックナイト……なんです?」

「あら、あなたの部下が作ったやつ」

「ああ、あれか……そんな名前つけたんですか?」

「いやバルバスに聞いたのだけど」

「……あいつ……」

 セラフィムはまあいいやと言ってから、クババたちを奥の部屋に促した。


 会議室には、セラフィムとバルバス、それとミリアにゼルエル、ユピテル。

「それでは会議を始めます」

 ユピテルの声に合わせ、皆が礼をする。目元を麻の布で隠す古い礼法。

「それではまずこちらのことから」

 ユピテルが資料を配る。


「クババ様不在のためわたくしユピテル・リングとウラヌスが統治しております」

 こちらの世界に残った人口は全体の五割ほど。その人数の統率とボイド移住した人が持っていた土地の管理も今のところ問題なく出来ているという。

「それはよかったわ。実は私たちさっきボイドの方に寄ってきたんだけど、そっちも皆元気だったわ」

 ケルビムも頷く。

「それは良かったです。それでは研究の方を、クババ様とセラフィムから」


 セラフィムははいと小さく返事をして、クババの術語の力を借りて資料を表示させながら、宇宙空間の安定や変動について語った。

 クババは地球内部の状態や、近況報告などを行う。するとゼルエルが疑問を示した。


「それ、信仰じゃないんですか?」

「え?」

「いえ、私が感じただけで……。しかし、クババ様はその家に貢献し、なおかつ水場まで新調してしまったのでしょう?原始的な暮らしを送る人々にとって、はじめて高度な文明に触れた機会であり、それを作ってくれたクババ様って……」

 クババはそこまでで理解した。


 信仰。

 神や仏や、人や物を崇める、クババたちにもある精神。これが発生しているのなら、かなりの進歩である。

「しかし私、信仰の対象なるのは恥ずかしいわね……」

「いや……こっちの世界での支持者と同じことですよ」

「あガチ?なら余裕だわね」

 ケルビムはクババに合わせた文明レベルで訳してくれるから助かる。


「でも、はじめての高度文明ってわけでは無いと思うわよ?あの町にはエメメっていう宝石商の祈祷師がいてね。売買には硬貨も使っているし」

「成程。それだとたしかに、文明は自然発生的要素のほうを強く示すかもしれません」

 セラフィムが頷く。


「今のところ成功ということでいいのですかね?」

 ユピテルが話のまとめに入ろうと、クババかセラフィムどっちかわからない目線で尋ねる。

「そうですね。このまま信仰が進み、人が集まれば。そのタイミングで、クババ様は全体統治をなさってください。そうすれば恐らくは勝手に民衆が争い始めますから」

「でも……やっぱり争わせるのは良くないわ」

「いえ。あくまで自然発生的なものですから」

「でも……」


 クババが口ごもる。するとセラフィムは少し呆れたように、

「クババ様。クババ様が会っている人々は、我々が創り出したまやかしの存在です。計算機の中で踊る電子と同じ。彼らは平和のための計算機の中にのみ居るのです」

 と言う。

 研究者たちは同じ意見みたいだった。ただ一人を除いては。


 クババはなんとなく納得いかなかったが、それで納得するほかになかった。


 キューブに乗って地球へ向かう道の中で、またブラックナイト衛星とすれ違った。軌道と違う方向に勝手に動く人工衛星。

 この衛星に地球が気づくまでの間に、いったい何度の死と争いを経験したらいいのだろう。地球の時間軸からしてみればほぼ永遠に近いクババの寿命のうちに、何人が殺されるのだろう。

 辛いけれど、それを見て、クロノスを抑えるための実験だ。クババは、思ったより残酷なことを始めてしまったのではないかと思った。


「クババ!どこ行ってたんだい?!」

 ギョベクリ・テペに帰ると、ちょうど朝風呂を終えたエメメと出会った。

「ちょっと遠方の知り合いのところへね。悪い物がいたみたいで」

 クババは適当に言う。

「本当かい?大変だねぇ。あんたには……うん、ついてきてないね」

 エメメも本物の祈祷師である。クババはすこし笑ってしまった。


「そうだ。今度、子どもたちとその親が集まるんだ。ギョベクリ・テペでやることがあんたのいない間に決まったんだけど、そこで商人は物を売っていいらしくてねぇ。ウチで占いをやらないか?」

 家に戻り、朝食を終えてから、エメメが提案した。

「私も参加するのよ。ケルビム君も参加してくれると助かるわ。なんたってうちは宝石を扱うからね。重いのよ」

 ライースも賛同する。

 

「え、なにそれ!やりたい!!」 

「僕でよければ、ぜひ」

 このテンションの差は何かしらね。


「よし!!じゃあ決まりだ。クババはチビどもといっしょに占いの練習をしておきな。ケルビムはライースに任せるよ」

 エメメは嬉しそうにそう言って、上機嫌で片付けをし始めた。

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