第16話 御霊

 爆音で目を覚ます朝も、日常になってきた。


 コスモ・サルーンは、冷たいコンクリートの壁で囲われた四畳半の小さな部屋で生活している。顔ほどの大きさの窓からは、北の荒野が、反対側の窓からは山々を越えた街が小さく見えている。


「起きたか?」

 青い軍服に身を包んだ、サルーンと大差ない年齢の少年が朝食を運んできた。

「……起きた」

 サルーンはお盆に乗った朝食を一瞥して顔を洗い、寝間着を脱いで仕舞しまう。部屋着に着替えると、そのまま食事にありついた。

 簡素な竈門かまどで焼いたのがまるわかりな黒パンと、薄いドリップコーヒー。でももう慣れっこだ。腹が満たせればそれでいい。


「あ」

 高く空を切る音が、平坦な北の地に響き渡る。空砲だ。今日も戦を始めるのだろう。

「この戦争も、長いな」

「そうですね」

 報道では”堕天使戦争”なんて揶揄されるこの戦争は、クロノス率いる反逆軍がクババ女王の軍即すなわち国軍と戦っている。

 もとは栄えた街で、鉄鋼業がさかんだったこのあたりも既に戦線に敷かれ荒廃した。戦争は残酷だと思う。此処に生きた御霊みたまを血で塗って死んでいった霊すらも弔うことはできないのだから。


 サルーンは食事を終えた。

 食器を戻しに行くのは、仕事へ向かうついで。サルーンは部屋の外に出られるこの時間が好きだった。


「おはようございます」

「うん」

 宿直室には、日が昇るとこの建物を管理する軍人が入る。今日はクロノスの手先である強面の男。

「今日はここね。洗濯と炊事、お願いね」

 この日サルーンに課せられた仕事。サルーンは黙々と作業を済ませていく。


 この囚人みたいな生活にももう慣れた。サルーンが炊事ということは、弟のタムは掃除係だろう。

 二人はクロノス軍に拉致された捕虜だった。


 クババはバルバスと別れ、また街を散策する。二日前に火事があり、昨日は大雨だったそうだが死者はなく皆無事そうだった。

「子どもたちが元気だな」

 ケルビムが言う。クババには兄弟はいないのでわからないが、まるで本当の兄のような口ぶりだ。こいつ、演技派?

「そうだね」

 二人も子どもに扮しているが、ガチ子どもたちはとても元気。超特急でつくってデコボコになってしまった地面も、彼らにとっては最高の遊び場らしく、昨日の雨で溜まった水を使って川を作っていた。


 こういうイレギュラーな状況になると強いのは子どもだ。とくにまだ年端も行かない歳になると、その適応力は侮れない。

「でも警戒は必要だわよ」

「そうですね……。この柔軟性、兵力が欲しい奴らは狙います」

「それに、クロノスが居なくても犯罪や事故は生まれるものだから」

 二人は辺りに目を凝らした。怪しい影なし、危ない場所なし。おーけー。


「それじゃ、そろそろ向かいましょうか」

「そうですね」

 二人は人目のない場所で変装を脱いで、キューブ宇宙船に乗り込んだ。


 サルーンは仕事を終え、昼食を食べに一度部屋に戻った。

 ここに拘束されているのは、サルーンと弟のタム。二人はクババ女王の血をひく、可成り初期の貴族だった。クババの血には、術語が練り込まれている。クババが万物の母なら、サルーンの家系……コスモ家は占い師といったところ。長らくクババの補佐をしてきた末、術語の力も強まっていた。

 術語自体は、クロノスも使える力だ。しかしクロノスは術語同士の戦闘を危惧していた。術語同士がぶつかると、非常に大きな、それこそ世界を壊しかねないほどのエネルギーが生じる。クロノスの目的は、この世界を”自然な形に整える”ことで壊すことではない。だからクババが最悪の決断をしないよう、術語を操れる市民を手当たり次第に捕まえて拉致しているというわけだ。


 一体何人のヒトがここに入れられているかはわからない。ただわかるのは、ここがこの世界で最も不安定な土地にある、生命の確証のない場所だということだけだった。


 クババは宇宙船のなかで、バルバスがくれたブラックナイト衛星の資料を見た。ブラックナイト衛星の寿命は計り知れないとのことで、点検や交換の知らせはクババたち側から出さないといけないみたいだった。

 なかなか面白いものを作るやつだ。


「着きましたよ」

「あら、もう?」

 ケルビムの低く平坦な声がクババを引き戻した。

 いつの間にか宇宙空間から抜けようとするところまで来ていた。


 キューブは二人を乗せたまま、宇宙空間から抜ける。するとその先はもちろん、セラフィムの研究室だ。


「お久しぶりです。クババ様」

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