第15話 反月

 クババはたまに二、三日家を空けることがある。


 ライースはアエディとともに都度都度捜しにいくのだが、やはりクババとケルビムはどこにもいない。エギラは知らないといって終わりだし、エメメもエメメで「生きて帰ってはくる」の一点張り。それでもライースは彼女らを心配した。


 クババとケルビムは、ボイドにコピペした彼らの元を訪れようとしていた。

 すると突然、大気圏を抜けたあたりで大きな衛星とぶつかりかける。

「大きいわね」

 セラフィムからの説明で、星には重力と衛星軌道というものがあって、他の星のカケラなんかがそれに乗って周回することもあると聞かされていたから特に取り乱しはしなかった。しかしその違和感に、ケルビムは気付いていた。

「待ってください、あの衛星、反対!!」

「は?デモ?」

「違いますよ!!あの衛星、ほら、地球の自転と逆の方向に回ってます!!」

「……!あらほんとじゃない!!写真撮ろ!」

「ここでギャル出さないでくださいよ!!少なくともアレ、自然の摂理ではありえません!!」

「そうね……。あとで訊きに行きましょ。それよりまずは任務よ」


 エメメたちとの日常で忘れていたが、ここにクロノスが来る可能性は十分にある。ギョベクリ・テペが存在するこの世界を造ったのは、クロノスとの戦争を終わらせるためだ。その為に、クババ自身による管理が必要不可欠であった。


 ボイドには、安定した世界がちゃんとあった。宇宙は独特の物理を持っている。星々は重力を持つが、空間そのものは重力なんて持たず、まるで水の中のように星々を浮かべているだけだ。星は何に引きつけられてここに存在するのか、この暗闇に隠された力は一体何なのか、まだ知る由もない。


 クババも久しぶりにみんなと話したかったが、騒ぎにするとクロノスに嗅ぎつけられる恐れがあると思い、変装をすることにした。


「……」

「なによそのビミョウな表情は」

「やめたほうがいいです」

「でも」

「やめたほうがいいです!!」

 ケルビムは強くクババを引き止めていた。それは、クババが何故か野生の猿に化けようとしていたからである。

「こう見えてもわたし女優体質なのよ?」

「なぜ退化を選ぶんですかバレますよ」

「なんでって……」

 クババは記憶を巻き戻す。

 が、猿に化けようとした理由はもう忘れていた。

「忘れた★」

「フルスロットルで無能……」

「クビにするわよ」

「パワハラです」

 

 クババとケルビムはこう見えてもやはり仲が良い。ケルビムからしたらとんでもなく手のかかる大きな幼稚園児を四六時中手元においているような感覚だが。


「とにかく、せめて知的生命に変装してくださいよ」

「えー」

「えーじゃない!!」


 それからクババは、ケルビムを少し幼くしたような感じの男の子に化け、二人はさすらいの兄弟という設定にして、街へ出てみることにした。


 街は賑わっていた。ちょうど祭りの季節らしく、民衆は収穫を祝い夜通し騒ぎ続けていた。

 それはクババにとっては好都合だ。時間を気にせず様子が見れる。


「フィット、手を離すなよ」

「うん!!ケルビм……ミラ兄さん」

 クババはフィット、ケルビ厶はミラと名前を偽り、街を散策する。

「ケルビ厶」

「!!」

「あ、ミラ兄さん、あれあれ!!」

 ちっとも女優体質ではないクババにいつものごとく呆れながら、彼女……いやの指す方を向く。

 するとそこには、壊れかけの車を前に途方に暮れる男性。

「助けてあげないと!」

「ああ、ちょっと!!」


「大丈夫ですか?って……」

 クババの反応がおかしい。それはいつものことなのだが、何かあったのかとケルビムも駆け寄った。

「あっ」

 そこにいた人物を見て驚いた。

 セラフィムの助手で部下の、バルバスである。

「あんた何でこんなとこ居んのよ!!」

「いやぁ〜。宇宙空間管理用の新技術を持っていく途中でガス欠になりましてね。此処に寄ったら壊しちゃいました★」

「★じゃないわよ」

「クババ様が言えることじゃないですよ」

「なんですって」

「いえ」

 クババがケルビムを睨む。全く困った執事である。


「で?その新技術とやらは何処?wktk」

「あ、この車直すのより早いかなと思ってもう地球の方送っちゃいました」

 折角クババがwktkしながら訊いたのに、勿体つけないであっさり切るんだからつまらない。

 クババが唇をとがらせていると、その横でケルビムが考え込む素振りを見せた気がした。振り向くと、まさに「思考!!」みたいなポーズで固まっていた。

「それって、もしや衛星ですか?!」

「え、よくわかりましたね〜」

 バルバスが得意げに言う。そこまで聞いていて、クババも思い出した。さっきぶつかりかけた、あの逆走衛星のことを。

「でもあれ、軌道と逆転してたわよ?」

「エッ?!」

「ええ、それはもう逆走極まりなく」

「……ミスっちゃったテヘペロ」

「可愛くないわよ」


 バルバスはひと通りふざけ終わると、その機材の説明をし始めた。

 その機材は「ブラックナイト衛星」の名を冠している、地球の監視と管理を容易にするツールだった。


 遺伝子操作や天候の操作、さらには人口調整や自然淘汰実験のためのウイルス生成も可能。今回軌道が反転したのは誤算だが、問題なく稼働するという。


「じゃあそれで、私たちも地球を維持すればいいのね?」

「そういうことです」

「女王様なら滅ぼしかねませんが

「あなた今日火力高いわね?」


 クババはふざけながら、地球にまた戻りたいと考えていた。

 向こうでは、まだ争いという争いが起きたことが無いからである。

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