第13話 信仰

 クババは夜中、ふと目を覚まして藁の布団を抜けた。


 先ほどの、エメメが唄った"祈祷歌"を口ずさむ。彼女らはこれを適当に思いついたものと言った。しかし、クババはあの唄をこのまま終わらせてしまうのは勿体ないと思った。


 クババは元の世界を治めていた時、ユピテルの案で"信仰心"というものを創って利用していた。原始、生物に信仰心や社会性はさほど強く根付いてはいない。でも、ある一つの存在を信じ、ついていこうとする動きは統率に大きく貢献する。ときに衝突をも生むが、それもクババにとってみれば当然のうごき。

 クババは考え事を始めていた。


 翌朝。

 相変わらずカラッと乾燥した晴れになった草原。

 エメメは少し遅く目を覚ました。年寄りになると朝が早くなると聞いていたが、べつにそんなことはなかった。


「よっこらしょい……」

 腰が少し痛むのは昨日消火に体力を使いすぎたからだろう。

 水場にでも行こうかと立ち上がり、振り返ると

「えっ」

 驚いて固まった。

 目の前に、謎の広場が造られていたからである。少し掘られ下がった土地に、石を立てて道をつくった小さな町のような広場。道幅はないものの、床面積はここいらの建物では随一。


 エメメの開いた口は塞がりそうもない。

 もともとそう草丈のない土も乾いた土地、建物を建てるのに苦労する土地ではないが、まさかひと晩でこんなものが作れる人なんて……。


「あ、起きた?」

 エメメの脳内にクババの顔が浮かんだ途端にエギラとライースが水場から帰還。

「クババはどこだい?」

「あ、クババ?あの子夜から居ないのよね〜……ケルビムに聞いてみるわ」

「ええ……頼んだわ」

 二人は家に戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、エメメも水場に向かう。

 朝の水場はこのあたりの人間の憩いの場だ。クババが来て、言葉がぐっと進化してからは特にだ。

 そこでエメメは、あの広場について尋ねることにした。


「ねぇ、ウチのすぐ裏に大きな広場ができたじゃない?あれって何かわかr

「あらあら〜!!エメメじゃないのぉ〜!!」

 言いかけて現れたのは、向かいの家に住む噂好きのドグマ夫人。ここら一帯の地域で一番大きな家庭をもつ人物だった。

「エメメ昨日火事をしたらしいじゃない?大変ねぇ〜〜〜何か要るものはない?嫁さんは無事?それとも」

「滝のようなトークだね相変わらず」

「静かなよりは良いんでなくて?」

 このドグマ夫人ことオーパという女もまたエメメと同じく齢九〇の老体を酷使する活発な人で、とくに知識の収集に余念がないことで有名だった。


「ところでさっき何を聞きかけたの?」

 オーパが口を閉ざしたその隙を狙うように、隣にいたニッチが尋ね返す。ニッチは村のはずれに住んでいて、子どもには恵まれなかったがたくさんの生き物と暮らしていた。この水場にもロバを具してきている。

「そうそう、あの丘の建物さ!!ひと晩で突然できたじゃないか。ありゃ一体何なの?!」

 エメメの問いに二人はきょとんとして、

「え?あれクババだろ?あんな事が出来るなんてクババかあんたくらいしかいないと思ってたんだが。この村の祈祷師はあんただけ、クババは空の祈祷師だろ」

 とこんな意味のことを並べた。


 祈祷師。

 本来それは、五穀豊穣、天候、個人の吉凶を占うような弱い魔力をもつ人間を指していた。しかし、クババなら―いや、クババでなければ、たしかにあんなことは成し得ない。

 

「なるほどね。その考えはなかったよ」

 エメメはあの広場へ向かっていた。

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