第11話 エメラルドコースト

 エメメの名は、このあたりでエメラルドという宝石を掘り出す商いをおこしたからと名付けられたのが始まりだという。

 エメラルドは青緑せいりょく色の美しい結晶をつくる。クババはその宝石に魅了され、この家にいるのがとても楽しかった。


 集落は丘の頂点に向かう坂道にあった。人間はまだ農業をするまでには至っていないらしく、動物を狩るか野生植物を採って生活してい、る。

 食事が安定しない日もあるが、そこは住めば都、気にならなくなるものだ。


「おばあちゃんただいまー!」

「こら、家の中で走らないの!」

 この家にはクババとケルビムを入れて八人の家族がいる。エメメの孫にあたる五歳と七歳の兄弟はいつも日の出とともに遊びに行って日の入りとともに帰ってくる。

「もう少し早く帰ってくるように言ったほうがいいんじゃない?夜は危ないのに……」

 クババは夕食作りを手伝いながら、エメメに言った。

「そうかい?クババは心配性だね。いいんだよ、お昼と夕方、お腹が減ったら帰ってくんだから」

 対してエメメはいつもこうやって返す。まあたしかに、クババたちの世界の子どもに比べて、あの子たちはパワフルだし身体も大きい。クババは、発達した文明は生き物の退化を誘うのかもしれないと思った。


「うめぇ!」

 夕飯をひとくち食べて、兄弟の兄・アエディが叫ぶ。

「だから飲み込んでから話しなさいっての」

 その母に当たる嫁・ライースが叱る。

「まあまあ、それが子どもってもんさ。そのうち治るよ」

 エメメは微笑む。

「それよりお礼はクババとケルビムに言いなさいね。最近殆ど二人が作ってくれてるから」

「クババは美形だし、引く手あまたな気がするけどなあ。こんなところにいないで、相手を探したらどうだい?それとも、ケルビムがそうなのか?」

 エメメの夫・タントはいたずら好きな人だ。

「やだぁタントったら、ケルビムは弟みたいなもんだからね?!」

 家に笑い声が響く。大きなろうそくの火に照らされる家は暖かい色と音で包まれている。敬語という概念がないこの地域の言葉はそのわりに優しくて気に入っていた。


「エギラ、それなあに?」

 片付けを済ませ、家の裏手で獣肉を干していると、すぐそこにいた弟のエギラがなにかをひたすら叩いていることに気がついた。

「このいし、わるとひかるんだよ」

 するとエギラは手のひらに石を乗せて見せてくれる。

 たしかに、割れてはいるが、別に光ってはいない。

「光ってはないんじゃない?」

 クババが謎に思って尋ねると、エギラはにやりと笑った。エメメに似た柔らかい顔だ。

 そのままエギラは石を同じ石の破片で叩く。すると、花火のように火の粉が舞った。


 エギラが持っていたのは、いわゆる火打ち石。


 クババが気づいたときには遅かった。


 エメメたちの家はそれなりに大きいが、木でできている。今は乾季の終わり、その木は乾ききっている。


 燃え移ったのは言うまでもない。

 

「クババ!エギラ!」

 幸いまだみんな寝ていなかったようで、各々衣着ぬままに飛び出して、エギラとクババも家から引き離した。


「何があったの?!」

 ライースがクババに詰め寄る。

 クババは迷った。ライースは多分エギラをものすごく叱るから、正直先にエメメに言いたい。

 とかなんとか思っていると。


「そんなことはいいわ!燃え移らないうちに消すよ!!」


 と、エメメはもう水を持ってきていた。


 この近くには水場がない。だから、雨季にためた水と、少しの井戸、あとは西に行ったところにある湖から少しずつ汲んできた水を溜めておくところがある。

 乾季の火事は乾いた草を伝って火が映ることがあるから、その水を使って消すことになっていた。


 エメメとタントは御年七〇とは思えないはやさで水をかけていく。

 クババとケルビムもその身を消火に尽くしていた。


 その間、エギラは呆然と家を見つめていた。

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