第4話 志のかたち

 生物は知らん間に知らん進化を遂げているものだ。


「サンヨウチュウいなくなりましたね」

 ゼルエルは紅茶に僅かな光を写してセラフィムに言った。

「大量絶滅で、進化を選ばなかった……もしくは選べなかった、ということだね」

「大量絶滅……地球が、無意識に生命を選別しているようにも思えますね」

「そうだね、地球もひとつの生命体だ。その可能性はある。よい着眼点だ」


 セラフィムはそのままシガリロを咥えて

「これから会議だから。ここはミリアに任せるから」

 と出ていった。


 入れ替わりで来たのが、先輩ミリア・ザ・メガロドン。二個上で三年先輩だ。

「あなた、ゼルエルね。はじめまして……じゃないか」

 ミリアは背が高い。顎の小さい顔なのに髪をまとめて結わえるから際立つし、青い髪が美しくてマブい。指定の白衣の下は赤でまとめられた服で、研究所のおっちゃんとの腰の位置の差は悲劇的だった。よく通る声も存在感を増す。


「じゃあちょっと寄り道ね」

 ミリアはコンピュータを手持ちのデバイスと同期させて部屋に鍵をかけた。そしてゼルエルの腕を引く。

「えっ研究は?」

「いいのよ、あいつ、セラフィムね、自分の研究いじられるのすごい嫌いなのよ。ただ見てるなんてつまらんし」

 ミリアは殺風景な建物を背に、駐車場へ出る。月極駐車場は研究所の職員が基本的なユーザー。


 ミリアは愛車の鍵を開けた。

 シェリーSS二〇〇。オレンジのスポーツカーは、実業家天使の発明品だった。

「女王の車がベントレーのエンビリコスって車でね、それより高価たかいのはだめかと思って。本当はロールスロイスレイスが欲しかったんだけど―」

 世界的高級車の名前が出てきて混乱。

「あなたは持ってるの?車」

 勢い余ってこっちまで話を飛ばすミリアに、ゼルエルは食い気味、自分の車を指す。


 中古の赤いティン・リジー。

「へーっ!しかも三連キャブのSRじゃない!スポークホイールもかっこいいわ!」

 ひとしきり喋り終え、流石に暑いのかミリアは車を走らせ始めた。


 荒い運転とカスタムされた足回りの硬さはお世辞にももとのエレガントな印象にはあっているといい難いが、ただアジャイルで楽しさはあった。

 

「着いたわ」

 ミリアが連れてきたのは、最大規模ショッピングエリア、”ハッピー・ゴー・ストレイト”。食料品から生活雑貨、車や家にいたるまで何でも買える店が並ぶ。

 ミリアは爆買いをしながら進むが、ゼルエルは財布の紐がかためなのであしからず。


 二周して、目ぼしいものすべてを両脇に抱えたミリアは、パフェを食べようと座った。

「ごっつ買いますね……」

「普段狭苦しいとこで働いてっからね。ゼルエルこそ物欲ないわけ?」

「まあ……あまり裕福とはいえない環境で育ちましたから」

 ゼルエルの顔が曇る。

「ふうん。ところでさ」

 ミリアがドリンクのストローをもてあそびながら尋ねた。


「あなた……どうしてここへ来たの?」

 ミリアに言わせれば、研究所なんてとこで働くのはよほどの命知らずか研究バカ。いつ死ぬかしれない研究かあっちこっちで進行している。どんな過去と思いを抱いているのか、ミリアはいつも新入りにはに確かめさせている。

 有言実行ともいうし、声に出すことで志のかたちは初めて実像を結ぶのだ。


 問うた言葉は、二人の間に沈黙をもたらした。


「私は……戦争で両親を亡くしました」

 美しさで満ちていた、ミリアの顔が歪む。


 堕天使戦争という異名を持つ、その争いは、もともと九臣の後継だったクロノスが反逆したことで起こり、今でも続いているものだ。今の若い世代は、この堕天使戦争の直前に生まれている。

 

「両親はセラフィム所長のように自分の研究室を持ち、日夜研究に打ち込んでいました」

 ゼルエルの両親……研究者同士でそれなりに有名なアストラ夫妻は気体からエネルギーを取り出す分野を研究し、水素から莫大なエネルギーが生まれることを活用して製品を創っていた。

 その”可能性”はクロノスに兵器利用されて現在は凍結されている。


 自分の追い求めるより良い結果が命を屠ることの辛さが、動物実験で多くの命を見送ったミリアには痛いほど解る。

 

「だから私は、父さんと母さんの研究をこんなくだらない戦争のために使わせたくなくてここに、戦争を止めるために来ました。ここなら、女王と話す機会もある」

 ゼルエルの目には煮え滾るように重い深淵と、固い決意が覗いていた。


「それと……セラフィムは幼馴染なんです」

 ミリアはゼルエルが耳を赤らめて小さく落とした言葉を取り逃がさない。

「好きなんだ」

「えっ、なっやなななな、なんでぇ」

「幼馴染、赤い耳、そんなの恋に決まってんじゃない!」

 ミリアは立ち上がり、ヘビーな甘いドリンクを山姥の如く飲み干して

「そうとなれば戻るわよ!あいつに告りなさい!」

 と叫んでまた腕を引く。

「いえっ、私はっ」

「でも好きなんでしょ」

「……は い」

「それならさ」


 ミリアはまた歩調を強める。


「恋なんて若いうちにしてなんぼよ、片想いで満足できないなら告る。今しかできないことは、今やるのよ!」


 セラフィムは会議を終え、研究室を投げ出したミリアに立腹怒涛の滝登り本店で煙草をふかしていた。

 迫りくる瞑色めいしょくに急ぎ灯る明かりを眺めて思考停止。四六時中計算を続けるスーパーコンピュータみたいなこの脳が唯一減速する時間。


「セラフィム」

 声をかけられ振り向くと、そこにゼルエルの姿。

「赤い屋根の家にいた、髪の長い女の子。それが私です」


「……ああ!えっ?!」

 セラフィムは一瞬考えて、納得して、また疑問符を投げてきた。ジェットコースター乗ってんのか。


「あの頃のおまえ、にぎりがんもだったのに。変わるもんだ」

「はっ、はぁ〜?!だれが練り物よ!今も昔も、スーパーモデル体型でしょ!!」

「自己申告したら終いだろ……過去の美化やばすぎ」

「だっからっ真実!This is the truthだってばよ!」


 ゼルエルは過去を掘り返す。どこにもにぎりがんもなんていない。


「先輩〜!」

 刹那、バルバスが走ってきて、

「女王が来ていらっしゃってはってます」

 と報せる。

「三つ中二つ余計があるね」

「余計なものは入れない、Pascoの超熟」

「なんて?」


 セラフィムは白衣を直して煙草を鎮火。

 ゼルエルにも白衣を着る指示をして階下までクババを迎えた。


「heyyy、順調?」

 クババは世話係のケルビムを連れていた。

 セラフィムはミリアから鍵を受け取り、いつもどおりの部屋へ案内する。

「安定期に入り、もう中生代ですよ」

 地球では、すでに陸上生活も定着していた。多様化も進み爬虫類が大型化している。


 クババはセラフィムに資料としてこの状態をアップロードさせて、

「時間を進めて」

 と指示した。

 

 セラフィムが計器盤のダイヤルを回す。

 すると、宇宙空間がぴかぴかと点滅するような感覚のあとでモニターに比較的この世界に近い生態系が映される。

 それは新生代という時代とのことだった。


 時間操作ですっ飛ばしたぶん、アップロードしているデータはハンパない勢いでとめどなく更新されていく。

 ゼルエルの動体視力では、隕石によりひさびさの大量絶滅が起こり恐竜がオールダイしたことしか読み取れなかった。


「どうして急に?」

 ゼルエルはクババに尋ねた。

 単なる生物の研究であれば、時をすっ飛ばすことは歓迎されない。

 

「ちょっと思いついたことがあってね」

 クババは神妙な感じで話しはじめた。

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