第3話 with
コツコツコツ。
ヒールの音は研究室によく響く。足元から立ちあがる陽の気をもつ音を、彼女は気に入っていた。
「ここが君の部屋。基本家には帰ってもらうけど、この辺道も暗いし、徹夜したときとかここつかって。トイレとシャワーはそっちね」
所長のセラフィムに案内されながら、彼女は白一色の内装を見渡す。不思議そうにすれ違うおばさんたちが、「彼女かな?」と噂しているのが流れ聞こえた。
―ま、セラフィムはそんな気無いだろうけど。あのおばさまだって数分後にはネタバレよ
「え〜本日から生物学研究室に入ってもらうゼルエル・アストラさんです」
セラフィムは狂った目で顕微鏡を覗く同僚たちに告げた。たいてい、ああ、さっきの
「ゼルエルさんには僕の研究を手伝ってもらうよ」
「はい」
ゼルエルは元気の良い返事をした。
ゼルエル・アストラ。セラフィムやバルバス、その他この国の中核を担う天使を育成した名門校を首席で卒業した期待の新米。短くまとまりピンでとめられたコーラルオレンジの髪に、天使では珍しい黒い瞳がよく映えた。
セラフィムの研究室に案内され、円形の薄暗い部屋を見渡す。壁にはぐるりと計器が並び、その更に上にろくに片付けもされていない棚がある。床のコードの場所は簡単に覚えられそうだ。
「これはなんの研究で?」
「ああ、女王のだよ。宇宙空間の研究をとおして、統治のしかたや自分の産まれた理由を探りたいそうだ」
「産まれた理由?」
ゼルエルが聞き返す。
「うん、この世界の外に、無の空間があることは解るね?」
ウンウンと頷くゼルエル。
「女王は自分がなぜそこから突如産まれたのか知りたいらしい。生き物の進化論なんかは、僕らも知りたいからね」
「成程……」
ゼルエルは宇宙空間を覗き込んだ。
ところどころに、圧倒的な輝きを持つ星。
その周りに、無数の光。
だけどその大半は真っ暗闇だ。
「ほあたあ!」
クババはその日、最も嫌いな書類業務いや書類雑務いや書類奴隷から脱却した。
「よし!終わったわショッピングに行k
「本日分がこちらです」
ケルビムが裏合わせたみたいなタイミングで新たな書類を置く。
「……やだ」
「駄目です。女王の承認が必要です」
「……っはぁ〜、とりま休憩」
椅子の背もたれにすべてを預ける。
自分がやらなかったツケなのだけれど、でもやりたくないもんはしょんないよね。
クババはアールグレイティーを飲み、窓の外をみた。
田園風景と明るくなり始める街。淡い茜の空には若鳥がじゃれ合っている。
いいなぁ。
ふいに、羨望した。
クババは幼少期を、独りで育った。冷たく暗い、何も起こらないつまらない平坦な無の空間で。世界ができたのが一八のときとかで、それからすぐ崇められてこんなんだ。親兄弟、友達、そんなものいない。
だけど人々が笑っているから、それは気にしない。
だってわたしは、誰もが安心して笑える世界を作りたいんだから。
クババは寂しかったから、みんなを創って世界を温かくした。エゴだ。
でもみんなはそれをありがたいと言ってくれた。だから独り善がりな女王にはなりたくないんだった。
クババは机に向かった。その眼差しは赤い髪に隠れている。だけどきっと、ひたむきだと思う。
さっきまで頭がかったるいで埋め尽くされていたのは気のせい。
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