第5話 ボイド

「はああああ」

「どうしたんですか女王そんな作られたはいいけど忘れられて固まったスライムみたいな顔をされて」

「どんな顔よ……。もうそろ終わろうってずっと言うのにクロノスの馬鹿が返事を寄越さないのよ。何がしたいのかしら」

 

 クババはコーヒーを片手に外を眺める。

 夜になっても、北の空に残陽のごとく戦火ははびこる。

 クロノスの起こした堕天使戦争。その異変を見逃さないため追加したこの窓。


「こんばんはっすー」

 そこに、マーキュリー・ルーペスが野菜を抱えてやってきた。

「こら、ルーペス、厨房から届けてとあれほど……まあいいわ。そこ置いといて」

 マーキュリーはクババが敷く議会の議員で、九臣くじんのひとり。

 それぞれの分野を突き詰めて国のために動いてくれる大臣たちだ。いちおうこの世界は絶対王政と議会制民主主義の並立制だ。


 商売の神であるマーキュリーの家系は同じ九臣の家系で農耕の神サトゥルがつくった野菜を代々取り付けてきた商業の天才だ。

 アツい男で、臆せず来てくれるのでクババも気に入っていた。やはり若いって素晴らしい。


「姉ちゃん、これ今日の分」

 そこへクババの弟であり九臣の副議長ウラヌスが訪ねてくる。勿論血の繋がった弟ではなく本人の意志で扶養している。

「あんたたちはなんでいつもカジュアルに入ってくんのよ……警備員を欺くな」

 九臣はクババ含めみんな変人なので型破り。


 ケルビムはウラヌスの寄越した通知を数える。ざっと五〇少し、戦死者発生の報せ。

 クババはその全てに目を通し、ケルビムに麻布と遺族への通知を用意するよう指示した。

 

 翌朝。

 夢から覚めたら、いいことを思いついた。それを会議すっ飛ばしで資料にして、セラフィムのところへ行くと前置きすっ飛ばしでケルビムに伝えると急すぎると加速すっ飛ばしで怒られた。

 だけど行くことは許されたらしい。


 セラフィムの都合と折り合いをつけ、施設についたのは夕刻。

「セラf……あら」

 クババは声をかけようとしたセラフィムの向こう側に、女の子を見つけて立ち止まる。なんかいい感じそうだ。

 バルバスに良さげにキリついたタイミングでセラフィムを呼んでくれと頼んだ。


「heyyy、順調?」

 クババは世話係のケルビムを連れてセラフィムとあの女の子……ゼルエルと合流。

 研究者ミリアから鍵を受け取ったセラフィムにいつもどおりの部屋へ案内された。

「安定期に入り、もう中生代ですよ」

 地球では、すでに陸上生活も定着していた。多様化も進み爬虫類が大型化している。


 クババはセラフィムに資料としてこの状態をアップロードさせて、

「時間を進めて」

 と指示した。

 

 セラフィムが計器盤のダイヤルを回す。

 すると、宇宙空間がぴかぴかと点滅するような感覚のあとでモニターに比較的この世界に近い生態系が映される。

 それは新生代という時代とのことだった。


 時間操作ですっ飛ばしたぶん、アップロードしているデータはハンパない勢いでとめどなく更新されていく。

 ゼルエルの動体視力では、隕石によりひさびさの大量絶滅が起こり恐竜がオールダイしたことしか読み取れなかった。


「どうして急に?」

 ゼルエルはクババに尋ねた。

 単なる生物の研究であれば、時をすっ飛ばすことは歓迎されない。

 

「ちょっと思いついたことがあってね」

 クババは神妙な感じで話しはじめた。


 ケルビムがモニターを操作して画面を切り替えると、そこにリモートでつながる九臣の姿。


 商売神、マーキュリー・ルーペス。

 愛と美の女神、ビーナス・サンズ。九臣美貌ランキングコンテスト一九連覇の美魔女。

 軍人、マルズ・クラウン。その長男で跡継ぎのフォボス一二歳。

 議長で家族愛の神、ユピテル・リング。

 農耕の神で、九臣美貌ランキングコンテスト第二〇回目でビーナスを抑えた美人のサトゥル・ローラ。

 そしてクババ弟で天の神ウラヌス。

 さらには海と水の神、ネプチューン・メターン。

 

 ゼルエルはエリートもエリートが揃って混乱。


 クババは彼らの前で、今朝思いついたという”案”をプレゼンするらしい。


「みんな知っての通り、いま私たちはクロノスに踊らされているじゃない?その不安を取り除くために色々試行錯誤しているわけなのだけれど限界はある。だもんでこの宇宙空間を逃げ場にしましょう。ほら、ここ見て」

 クババが宇宙空間を指さす。


 そこは、暗い穴のような形。


「ここはボイドです。星の存在しないエリア。ここに、この世界と似た世界をつくり……」

 ケルビムに続いて

「秘密裏に逃げる」

 クババが締めた。


 つまり、時間をはやめたのは安定をより確実なものとするため。

 如実な気質が、研究の本質を覆したのだ。

 九臣とセラフィム、そして流れで聞いていたミリアも大方同意らしかったが、それにゼルエルだけが怪訝した。


「女王、それになんの意味が?」

 クババは、彼女の突くような覇気に気付く。

「クロノスが気づいたら、そこでも同じことをして逃げて。その繰り返し、ずっとずっとおんなじこと……!私はっ、終わらせたい―こんな馬鹿げた世界、クロノスなんてこの手で殺してやりたいっ」

 悲しみを使い果たした者だけがもつ、重い怒りが放たれる。


「ますます悪くなるだけですよ!!」


 数刻の沈黙。

 それを、マルズが破る。

「嬢ちゃん、落ち着けよ。あんた、アストラ家の子だろ。思うところはあるかも知んねぇが、そんなん言うたかて君に最善の解決ができんのか?」

「やめないか、火の。悪かったねアストラさん。彼は君を挑発しようとしたわけじゃないんだ。私達にも策はある」

 ユピテルが止める。クババもまた、ゼルエルを諭した。


「全員を送るわけじゃないの。きちんとすべて説明して、そのうえで来たい人だけを送る。来なかった人の記憶は消しておくから」

 そうゼルエルの肩に手をかけて、

「絶対、終わらせてみせる」

 と力を込めた。


 アストラは幼くして幸福を奪われた。理由のない悪意……に見える戦火によって。

 その痛みを、傷みをなくさなきゃいけない。


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