【超短編】動かぬ証拠と有能警部の現実逃避

茄子色ミヤビ

【超短編】動かぬ証拠と有能警部の現実逃避

「…それが本当なら、俺に出来ることなんて何も無いぞ?」

 田原警部は普段以上にのろりとデスクから立ち上がると、椅子に掛けてあった上着を脇に抱えて現場に向かった。


 警察学校に入学したばかりの田原は、教師からはもちろん同期からも評価が低かった。

 それは彼の無気力な態度と、散々なテストの結果のせいだったので仕方のないことだったが…事件現場を再現した初めての捜査授業で、田原の評価はがらりと変わった。

 それは教官のミスだった。

 実際の事件現場の天井には海外製の球状の黄色い蛍光灯がぶらさがっていたのだが、再現された現場は天井を作らず、教室そのまま棒状の白色蛍光灯が現場を照らしていた。

 物が準備できなかったこともそうだが、なにより事件解決に繋がった重要尾証拠は他に配置されており、明かりの状態は事件解決に関係がないと省略してしまったのだ。


 しかし田原は、その蛍光灯でから生まれた影を根拠に、実際の犯人とは別の人間を関係者リストから犯人と断定したのだ。そしてその推理も実に的確なものだった。

 そこで教官が謝罪しながら再現の失態を話したところ「あ、それなら」と彼はすぐに真犯人を言い当てた。

 これは初めての捜査授業であり教官は意図的に事件解決の難易度を下げていた。

 つまり事件解決に繋がらないものを極力置かないようにと指示しており、生徒もそれを薄々察して全員がその用意された証拠を吟味していた。

 皆が用意されたパズルの組み合わせに頭をひねっている間、、田原だけは用意された答えを探さずどこまでも冷静に現場を分析していたのである。

 

 学校を卒業し、捜査一課に配属になった田原の能力を面白がった上司は、隙があれば彼に捜査資料を見せ意見を求めた。

 そしていつしか田原をあちこちに動かすよりも、精査した情報を田原に届けるべきだという声が多く上がり、田原は日のほとんどを自分のデスクで過ごしていた。


 しかし彼は本日呼び出された。

 彼をまず最初に呼び出したのは機動捜査隊所属の同期・田森だった。手順が違うだろと言ったものの、その直後に『ショムタントーカンリカン』という表示で携帯が鳴り、口早に事件の概要を聞かされた田原は現場に向かうことを指示されたのだ。


 死因は兎も角として、まず田原は送りのパトカーの中で被害者の資料を読み始めた。

 【宗像俊樹(62) タレント 宗教研究家】

 その名前を見た瞬間、甲高い声で喋る眼鏡の小男をが頭に浮かんだ。

 ひと昔までテレビで見ない日は無かった人気タレントだ。

 田原は資料を放り投げその名前をインターネットで検索する。すると彼がなぜテレビに呼ばれなくなった理由がこれでもかとヒットした。

 

 宗像氏、仏閣の宝物庫に深夜侵入したところを逮捕。

 自宅から大量の仏具や神具を押収。

 宗像教授に借金疑惑。大学の研究費用を着服。

 宗像氏と交流のある闇業者に密着取材成功。

 

 また、ストレスでガリガリに痩せてしまっていた宗像が「俺は研究のために集めていただけだ!」「俺にこんなことをして神罰がくだるぞ!」「仏罰覿面!」と取り乱し叫ぶ動画も山のように出てきたので田原は目を閉じ、ついでにスマホの電源も落とした。この事件のなんの参考にもならないな、と。


 田原を乗せたパトカーが到着したのはN県の大仏殿。

 その現場に居た全員が到着した田原を歓迎した。

 こんな事件でも田原ならば…田原ならば何かに気付いてくれるんじゃないか?と

「聞き込みは?」

「はい…たまたま近くにいた者全員が『何か重いものが落ちる音を聞いた』と」

「そりゃそうか」

 田原はくっと力抜いて笑いながら大仏殿の入り口を潜り抜けた。

 中に入ると当然一番初めに目に入ったのは巨大な大仏だった。

(中坊の時に来た以来か…)

 などとのんきに大仏の穏やかな顔を見上げる田原であったが、それが現実逃避であることは本人が一番分かっていた。

「ど、どう思います?」

「あ?どうってお前……」

 鑑識の震える声と向けられた指で田原の視線は床に誘導された。

 その視線の先は足だった。

 巨大な大仏の足だった。

 しかしそれは胡坐を組んだ状態ではなく、床へと投げ出されており

 よほどの踏みつけだったのか床にヒビが入っている。

 そして、その足の裏からは赤いものが流れ出していた。

「天罰ってやつじゃないか?あ、仏罰か?」

 田原はそんな軽口を叩きながら「この証拠をどうやって署に持ち帰ろう」と考え始めた。 

 それが現実逃避であることは本人が一番分かっていた。

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