第3話 スタジオを飛び出して
スタジオ以外で撮影することもある。
先日は広報の郁さんに人に抱えられて、有隣堂伊勢佐木町本店のバックヤードまで行った。連れられてる最中に社員が雑談していたのを聞いた限り、エレベーターの世界というテーマで撮影するらしい。ただのエレベーターを動画にするなんてことはしないだろうから、きっとすごいものが紹介されるのだろうと期待を膨らませた。
「さあ、今日は有隣堂伊勢佐木町本店に来ているんですけれども… 業務用エレベーターにぜひ乗ってみて下さいと言われましてね…」
オープンニングの撮影に参加した後、ミミズクなので安全に配慮してもらって、少し離れた場所にいることになった。黒子さんに抱えられて後方にあった台車の荷台に降ろされた。
撮影が始まったので説明を聞いていると、本店は築64年で当時に設置された業務用のエレベーターがあり、日本に数台しかないと言われる超レアな物ということがわかった。
社員さんがエレベーターの扉に手を触れた。
(えっ、まさか手動!?)
ガッチャン、ガー
古い物なので滑りが悪そうだ。まるでホーンテッドマンションのような世界が現れた。あと少々、鉄臭い匂いがする。
扉は二重になっており、優しく扉を手動で閉めて5と印字されたボタンが押された。
ガコン…。
上がった瞬間少し揺れた。
次の瞬間、
ガッコッン!
到着するとさらに大きく揺れ、乗っていたスタッフが嘘偽りなく怖がった。
「マジで怖い…」
(これ、夏休みとかに1回1500円で乗れるイベントやったら流行りそうだなー)
その日は、人が怖がっている風景を心の中でニヤニヤしながら見た。
夜の書店で撮影したこともある。
「さて、新企画です。夜の書店を徘徊する。私は今、横浜の有隣堂 伊勢佐木町本店。8月下旬の夜10時です。照明すら点いていない書店を、ただただ徘徊するだけの企画です。」
いつも広報の郁さんか黒子さんに運んでもらうが、今日は休みで不在のため、その時に手が空いている社員に抱えられて夜の書店を探検するというスタイルにしようと打ち合わせで決まっていた。
(みんなー、大事に抱えてくれよ〜。)
夜10時と遅い時間だけに直ぐに撮影は始まった。真っ暗な書店内を懐中電灯で照らしながら歩く。最初に名だたる有名作家達の新作が並べられている、言わば書店のメインとも言えるコーナーに足を踏み入れた。
(おっ、これ確か新作の本だよなー。平積みだ。
ということは、この本売れてるんだなー。)
「これ平積みって言うんすよね。売れてるんですかー?」
「そうですね、売れてる本、売りたい本ってところです。」
並べ方にも気を使っていることを感じながら先へと進む。
静まり返った書店に何人かの足音だけが響く。
「ん?何だあれ?工場のダクトみたいなのあるんすけど」
壁から銀色のパイプのようなものが突き出している。
「DIY空調です。」
(まさか、手作りか。)
「空調が壊れまして…。外の動いている空調から中に冷たい空気を送るように…。」
実際、建物の中に居るはずなのに熱帯夜のような室温だった。
先へ進むと、「夏のグルメフェア」と題して有名料理雑誌やカレーライスのレシピがまとめられた本など、夏に食べたくなるような料理の本が並べられていた。
「本の表紙が見てるように横並びに並べてありますが、なんという名前の配置方法すか?」
「めんちん と言います。」
なるほど、面が見てるように陳列してあるから、「面陳」というのか。
書店らしい内容の撮影になってきた。
旅行雑誌、写真集、ファッション誌と見てきた。ここで近年数が増えてきた、付録の方がメインなのではと言いたくなる商品が並べられたコーナーが見えて足を止める。
女性用カバンが付録の雑誌を見てものを言う。
「出た出た、これだよ謎なの。本じゃないじゃん。紙の方が付録で、バックの方がメインじゃないすか。」
「これも本の扱いです。本の流通に乗せて色んな商品をお客さまの目に触れる書店へと運んでいます。」
(なるほど、流通の問題だったのか。)
「こういう形にすることでカバンとか折りたたみ傘とかを本として売れるってことだ。これ、考えましたね〜。」
1度は名前の聞いたことあるような出版社が発行しているようだ。
ここで、このフロアの撮影は切り上げて、最上階の6階へと移動するようだ。抱えてくれていた社員が地面へと僕を降ろす。いつも夜は自由時間であるため好き勝手動いている。今日はいつもいる郁さんが不在で撮影が若干スムーズではないので撮影が押している。夜は僕の自由時間。この時刻でじっとするのはちょっとキツくなってきた。
時間が遅いので家が遠い社員や女性社員等2人ほどは撮影機材を上に運んだら、先に帰ることになった。スタッフが急いでものを運ぶ。人が居なくなった隙に伸びをする。
(んっ〜!)
すると上から荷物を最上階へ運び終えたスタッフ2人が降りきてしまった。
(あっ、降りてきちゃった!!!)
急いで静止する。ところが降りてきた2人は懐中電灯を持っておらず、バックヤードへ入って行き帰ってこなかった。
(あっぶね〜!!!帰るのか、お疲れ様でーす。)
このまま、3分ほど待ったが誰も来ない。
(えっ、まさか撮影始めた?!)
階段の方から微かに声が聞こえたが、6階の階段か販売フロアの奥へP達が移動したのか、声が聞こえなくなった。
(僕はミミズクだから、人にアテレコしてもらうし、懐中電灯も持てないけど、一応MCだぜ…。忘れないでよ…。)
悲しい気持ちでそろりと階段を上がる。
空調の効きが悪くて暑いのもあって、イラつく。
5階に上がった所でスタッフの声が聞こえたので、消化器の裏に隠れて様子を伺う。
階段の踊り場に予備の機材が置いてあった、スタッフの声も聞こえるしここにいよう。
(もう、みんなして僕のこと忘れて…)
やっぱり撮影していた。時間が経つほど怒りが湧く。そういえば、打ち合わせ終わりに郁さん達が雑談していた内容を思い出す。どうも伊勢佐木町本店には怪奇現象が起きるらしい。次の瞬間、
「ピキっ………。」
動いていたスタッフが一斉に足を止める。
「そういえば、ベテランの書店員が『何がとか言わないけどいるからね〜』って言ってました…」
(まぁまぁ、ラップ音は空気の膨張と収縮が原因っていうし、それくらい真剣に怖がらんでも…)
ここでPが早く撮影を終えて帰ろうと考えたのか撮影開始を促す。
(まだ、Pは気づかないのか…。)
怒りが湧いてきた、もっと脅かしてやろう。
とそこで、ちょうどいいことに懐中電灯が突然切れたらしく、スタッフが悲鳴をあげた。
階段の灯りのスイッチがそこにあった。
「パチッ」
階段の電気を勝手に付けた。
「急に電気が点いた…。」
「えっ、誰もいないはずでしょ…。」
「怖わっ…。」
そーれ、もういっちょ。
明かりを消す。
「あれっ、消えた…。」
「えっ、消したんすよね?消したんすよね?」
Pがまじで焦る。
他のスタッフが「消してない…」と口々の言う。
(くくくっw)
今回はこの辺で止めといてあげよう。
P達の足音が聞こえてきた。灯りのスイッチを確認しに来たのだろう。機材に紛れて、静止する。
Pがスイッチを確認したあと、機材の方へ目を向けて僕を見る。
「あっ、そういえばブッコローを映してないじゃん…。」
(気づくの遅い!!!)
「ブッコロー連れて来たの誰ー?ここ置かずに、撮影場所にお願いだよー。」
スタッフそれぞれ顔を見合わせる。
(うぁっ、まずい。けど、Pは人の性にするなよ…。)
「えっ、誰も運んでないの…?」
スタッフの顔が青ざめる。すると1人が、
「さっき帰った○○さんが連れて来たんじゃないですか?」
スタッフは納得した様子だった。
(ざんねーん。自分で来たんでーす。)
しかし、流石に気味が悪かったのか撮影は切り上げられた。
後日、Pが編集して公開した動画は心霊動画だと話題になった。
マスコットミミズクの魂 @Dolphine999
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