テロリスト野比の〇太

無頼秋仁

第1話

 それは今から十年前のことである。ちょうど、公立中学校の卒業式だった三月九日の正午すぎ、東京都練馬区月見台の住宅街に突如直径1㎞の円形で透明のバリアが発生した。

 そのバリアは、現在でもどのような構造なのかは不明であるが、外界との接触を完全に遮断するのみでなく、時には音声や電波等も遮断が可能であった。また、白く変色し中の様子をまったく確認できない状態とすることも可能であり、それは完全な球体をしており、上空や地下からの接触も遮断するものであった。

 最初はバリアの内外からの往来が出来なくなったことから、バリアの中に住む住人がパニックに陥った訳であるが、発生から三日後にバリア内にメッセージが表示された。それは二時間以内であれば、ある指定した箇所から外へ出ることが可能とするもので、その間にバリア内から完全に退去せよとのことであった。

 バリアの中に残されていた住民はもちろんのこと、外からバリア内へ帰れなくなっていた住民も含めて、その二時間の間に貴重品などを持ち出して退去を行った。また、バリア内に残った者を発見した場合は、如何なる理由にせよ抹殺するとのメッセージも添えられていたことから、全ての住民がそれに従うこととなった。

 政府はこの事態を第一級のテロ行為と判断し、バリア内の全ての住民の安否の確認を行った訳であるが、たった一人だけ確認のとれない者がいた。それが野比の〇太であった。

 政府は、首謀者と思われる野比の〇太とのコンタクトを試みたところ、それはあっさりと可能となった。野比の〇太の自宅に電話をかけたところ、野比の〇太本人がそれにでたのである。

 政府はテロの理由と、何か要望がないのか、いつまでこのテロ行為は続くのか等の話し合いを行ったが、野比の〇太からは、テロの理由を明かされることはなく、無期限で今の状態が続くこと、そして要求はただ一つ

「僕を一人にしてくれ」

 のみであった。

 政府は、野比の〇太に関する情報を収取したところ、その詳細は警察庁の公安が保持していた。

 それによると、東京都練馬区月見台にて十四年ほど前から不可思議な現象が発生しており調査を行ったところ、当時小学校5年生であった野比の〇太を中心に不可思議な現象が発生していることが分かった。

 更に調査を進めていくと、その理由として野比の〇太の子孫が二十二世紀の未来から、猫型の青いロボットを連れてきて、二十二世紀の未来のテクノロジーを駆使して、様々な行為を行っていたことが分かった。そして、その行為はごく日常的な事柄に関する事がほとんどであること、そして何よりも彼らが保持している二十二世紀のテクノロジーの全貌が不明であることから、静観を続けていたとのことであった。

 その後、野比の〇太が中学生になると、猫型の青いロボットは未来へと帰っていったが、その際に野比の〇太に対して四次元ポケットなるものを預け、その中には二十二世紀のテクノロジーを駆使した様々な道具が入っているとのことであった。また、不定期に猫型の青いロボットは野比の〇太のもとを訪れ、交友は継続していることも把握していた。

 バリア発生後に野比の〇太と親交のあった友人に事情聴取を行ったが、野比の〇太はテロを起こすような人物ではなく、理由は分からないとの回答しか得られなかった。

 また、未来からの猫型の青いロボットはドラ〇もんと言う愛称で呼ばれており、ドラ〇もんについても、テロを起こすようなことは考えられないとのことであった。

 政府は、この事案を公安に対応させることとした。しかし、野比の〇太の持つ二十二世紀のテクノロジーが如何なるものであるのかの把握が出来るまでは静観することとしたが、関係者からの不確定な証言ではあったが、野比の〇太は地球を破壊させることもできる爆弾を所持している可能性があるとのことから、野比の〇太のテロに関しては、一切の接触が禁止となり、報道も全面的に規制されることとなった。

 そのような中で、野比の〇太の政府への要求は

「僕を一人にしてくれ」

 から、ライフラインの保障と食糧等の提供の日常的な生活に必要なものが加えられるようになった。

 そして、あらゆる情報が入手困難な状況が続いていたが、五年ほど前に野比の〇太の動画が配信された。

 それはジャイ〇ン・チャンネルといったもので、野比の〇太の同級生だった剛〇武ことジャイ〇ンと骨川ス〇夫の二人が開設したものであった。

 野比の〇太に関しては、バリア発生の初期に首謀者が野比の〇太であることの情報が流出していたことから、野比の〇太は世界的に有名なテロリストになってしまっていた。そのことからチャンネルの内容には世界中に衝撃が走った。しかし、先に述べた理由によりあらゆる報道規制を行っていたことから、ジャイ〇ン・チャンネルは強制的に閉鎖をした。しかし、そのことに関して野比の〇太から、ジャイ〇ン・チャンネルは野比の〇太の協力のもとに開設されたものであり、剛〇武と骨川ス〇夫から野比の〇太に対して再開の依頼があったことを踏まえて、再開させるようにと要望がなされた。

 これにより、ジャイ〇ン・チャンネルは、政府と野比の〇太の公認となり、野比の〇太の唯一の情報源となった。


「おい、の〇太、開けてくれよ」

 剛〇武と骨川ス〇夫がいつものようにバリアを訪れていた。

「OK、いいよ」

 どこからともなく野比の〇太の声が聞こえ、バリアにちょうど人ひとりが通れるくらいの穴が開いた。剛〇武と骨川ス〇夫は撮影機材を持ってバリアの中に入っていった。

 二人は野比の〇太の自宅へと向かい、その二階の野比の〇太の部屋の中にて撮影を始めた。

 ジャイ〇ン・チャンネルは最初の放送は生放送であったが、テロに関する質問を行った際に野比の〇太が拒否したために、再開後の内容は撮影後に政府の管理のもとに編集をされ、野比の〇太に刺激を与えない内容にて配信されることとなっていた。

 政府は剛〇武と骨川ス〇夫に対して、それとなくテロの理由等をさぐるように依頼をしていたが、その話題になると野比の〇太がヒステリックに激怒するときもあった。もちろん、そのような場面はカットされ、配信内容は過去の思い出話や、日常的に便利な二十二世紀の道具を紹介するのみになっていた。

 しかし、その紹介される二十二世紀の道具は、現在のテクノロジーでは再現不可能なものばかりで、野比の〇太の持つ四次元ポケットには本物の二十二世紀のテクノロジーが詰まっていることを証明することとなっていた。

「今日はよ、懐かしい写真を持ってきたんだ」

 剛〇武が野比の〇太に差し出した写真には、一匹の首長竜が写っていた。

「懐かしいなあ、ピー助じゃないか」

 野比の〇太が写真を眺めていると

「この写真は、の〇太が恐竜の卵の化石を発見して、それをタイム風呂敷で元に戻してから孵化させて、その恐竜を恐竜時代に帰したときの写真です・・・」

 と剛〇武は説明を始めた。そして、野比の〇太と骨川ス〇夫がその話に加わった。その内容は、現在のテクノロジーでは荒唐無稽な話であったが、それが事実である証拠として剛〇武はその写真を提示し、野比の〇太はその時に使用した様々な道具を紹介するとともに、ある程度の実践を行った。

 一時間程度で撮影は終わり、剛〇武と骨川ス〇夫は野比の〇太の家を後にした。

「まったく、いい気なもんだよの〇太の奴は、僕たちがなんでこんな事をやっているのか分かっているのか・・・」

 骨川ス〇夫が野比の〇太のことを愚痴り始めたが

「やめろよス〇夫、の〇太に聞こえたらどうする」

 と剛〇武が制止した。しかし、その会話はモニターを通じて野比の〇太には筒抜けだった。しかし、だからといって野比の〇太が何かをする訳でもなかった。

 剛〇武と骨川ス〇夫がバリアを出るのと同時に、一人の三十代半の男がバリアに近づいて行った。そして、男は

「野比の〇太くん、君と話がしたい」

 と叫んだ。どこからともなく野比の〇太の声が聞こえた。

「あなたは、誰ですか」

「警察庁の公安の津田という者だ。別に君を逮捕しにきた訳ではない。君に話しておきたいことがあるんだ」

「話なんかしたくない。僕を一人にしておいてくれ」

「いいや、君には知るべきことが沢山ある。なんなら、このままでもいい。私の話を聞いてくれ」

 暫くの沈黙の後に野比の〇太から返事があった。

「話だけなら聞くけど、嫌になったらこの通信はすぐに切るからね」

「ありがとう」

 男は話を始めた。

「君は外部の情報はテレビやネットから得ているようだが、君自身に対する情報は報道規制により、今では皆無となっている。君の周りの人々に関する情報は、君は何も知らないはずだ」

 野比の〇太からは何の返事もなかったが、男は話を続けた。

「何から話そうか。そうだ、さっきの剛〇武くんと骨川ス〇夫くんの話をしよう。まずは剛〇武くんからだ。彼の実家は乾物屋を営んでいたが、君のバリアにより商売が続けられなくなった。乾物屋はバリアの中にあったからね。ご両親は政府からの援助金もあったが商売を再開するのは無理だった。だから、今ではご両親でスーパーのパートをして生計をたてておられる。剛〇武くんは高校は卒業できたが、経済面から大学への進学はあきらめて就職活動を始めた。しかし、どの会社も野比の〇太くんと親交があったことが分かると、書類審査の時点で不採用となった」

 ここで、男は

「野比の〇太くん、聞こえているかい」

 と尋ねてみた。すると

「ああ、聞こえているよ」

 と返事があった。男はほっとした表情をして話を続けた。

「骨川ス〇夫くんは、父親が大手商社の重役だったが、息子のス〇夫くんが君と親交があったことから、役職を解雇されてしまった。お父さんは残った資産を利用して投資家になったが、何とか生活ができている程度だ。ス〇夫くんは、大学は卒業できたが、就職となると剛〇武くんと同じ扱いを受けた。だから、二人でジャイ〇ン・チャンネルを開設して収入を得ようと考えた訳だ」

 ここまでの話を聞いて、野比の〇太は

「だから、ス〇夫は、さっきあんなことを・・・」

 と呟いた。男は話を続けた。

「君の家の電話の通信は、正直にいって我々が傍受している。だから、二人からその話が持ち掛けられたことも把握していた。そして、それを君が了承したことで、事態を静観することにしたんだ。最初の配信の内容に特に問題は見受けられなかった。しかし、これは将来的に君に対して刺激的な展開に発展するかも知れないといった危惧から、その配信を強制的に閉鎖したが、君からの依頼により再開している。今では配信内容は我々がチェックを行ったうえで配信されているが、政府からの助成金と配信による収益で、二人はそこそこの収入を得ている。まあ、生活には困ってはいない」

 男は続けて、配信内容に対する世界の反応を説明し、特にヒミツ道具なるものに対する関心が強いことを説明した。また、それに伴い、ヒミツ道具の秘密を暴露するといったチャンネルも存在し、マジシャンなどが再現をして見せて、これは二十二世紀の道具などではなくマジックであるとしているなどといった。

「しかし、我々は、あれがマジックなどとは考えていない。全てが本物であると確信している。確かに、マジックで見た目だけでも再現できたものがあるが、どうしても再現できないものもあったからだ。何よりも、このバリアそのものの存在がマジックなどではないことを証明している」

 ここまで黙って聞いていた野比の〇太であったが

「パパとママのことは知っているの」

 と尋ねてきた。男は答えた。

「ああ、知っている。我々が報道規制をかける前まで、君のご両親は悪い意味で時の人となっていた。お父さんは会社を解雇され、ご両親は君に反感を持つ者からの標的となり襲撃されて怪我をされたこともあった。だから、超法規的措置として政府で保護をすることとなり、お二人には別の戸籍を与え、今では北海道のホテルで二人で住み込みで暮らしておられる。君のことをどう思っているのかは分からないが、口外することはないと思う」

 野比の〇太は何も話さなかったが、彼がむせび泣く音は男に届いていた。

 男は話を続けた。

「他の人も同じような苦しみを味わっている。君と親交があった人は特にそうだ。しかし、我々もただ静観していた訳ではない。この事態を収束させるために様々なことを調べた。特に、十年前の三月九日の中学校の卒業式に何があったのか徹底的に調べた」

「そんなことを調べたの」

 野比の〇太は叫んだ。

「ああ、政府の中にはバリアをミサイルで攻撃して事態を収束させるべきだといった、過激な考えを持つ者もいるからね。考えてもみたまえ、国の中にそれも首都圏で1㎞に渡る範囲が一人の人間によって占領されているのだ。そして、その人間は理解不能な未来のテクノロジーを持っている。ミサイル攻撃が有効かさえも判断できなかったんだ。確かに君からの要望は『僕を一人にしてくれ』のみだが、いつそれが変貌するのか分からない。それを政府がいつまでも容認できることだと思うか。我々は平和裏にこの事態を収束させる方法を探らなければならなかった。それには、あの日に何があったのかを知ることが必要だったんだ」

 野比の〇太は黙ってしまったが、暫くの沈黙の後にこう呟いた。

「で、何か分かったの・・・」

 男は続けた。

「最初は、誰も分からないと答えていた。だが、ただ一人だけこの問いに関する回答を拒む人がいた。源し〇かくんだ。我々は彼女が鍵を握っていると確信して彼女に説得をしたが、なかなか彼女はあの日に何があったのか話そうとはしなかった」

「し〇かちゃんは、どうしているの」

「源し〇かくんは、大学を卒業した後に、就職活動では他の人とおなじような目に遭った。しかし、彼女は幸運にも君に関して寛容で、ちゃんと彼女自身のことを審査する会社を見つけて就職することができた。今は幸せに暮らしているよ」

「よかった」

「話を元に戻そう。君は小学校のころに未来からきたドラ〇もんというロボットに様々な冒険に連れていってもらったようだね。それに同行した者はみんなが言っていたよ。君たちは命の危険があるような体験もしたそうだが、君は源し〇かくんに対しては命がけで守るような行動にでていたと。そんな君たちだったが、中学校を卒業すると少しの成績の差から、別々の高校に進学することになった」

「成績の差は少しなんてもんじゃなかったよ。し〇かちゃんはちゃんとした進学校に合格して、僕は三流の高校にしか合格できなかった」

 これまでになく、野比の〇太は多弁になっていた。それは男を信用したというよりも、話の内容が源し〇かに関することだったからである。

「ここからが、本題になる訳だが、その前に君が知りたいであろうことをもう少し話しておこう。ドラ〇もんに関することだ」

「ドラ〇もんのことを知っているの」

 野比の〇太は大声で叫んだ。

「ああ、ある程度は知っている。実は何回かタイムパトロールなる未来の我々と同じような立場の組織から。我々にコンタクトがあったんだ」

「タイムパトロールが・・・」

 野比の〇太はその名を聞いた時に絶望してしまった。

「タイムパトロールはタイムマシーンを使った過去への干渉を監視しているが、ドラ〇もんというロボットは実に優秀で、あらゆる方法を駆使してタイムパトロールの目をごまかしていたようだ。それに普通であれば手に入れることの出来ない軍事兵器なども手に入れていたらしい。君が使っているこのバリアも軍事用だそうだ」

 野比の〇太は黙って話を聞いていた。そして、自分のためにそんな無茶をしていたドラ〇もんに対して、感謝の気持ちから涙があふれていた。

「君がバリアを張った時点でドラ〇もんはタイムパトロールに逮捕されたそうだ」

「それで、ドラ〇もんはどうなったの」

「君が心配するようなことにはなっていない。未来ではロボットにも人間と同じように人権のようなものが与えられていて、裁判の後に刑に服し、今では元々の持ち主だった君の子孫の家で暮らしているとのことだ。ただ、今後、一切の過去への干渉は禁止されている。悪いが、君とドラ〇もんは二度と会うことはないそうだ」

「そうなんだ・・・でも、よかった・・・」

「我々は、タイムパトロールに対して事態の収束を依頼したこともあった。しかし、今回の事態は君が行ったことであり、それが未来の道具を使った事件であったにせよ、タイムパトロールがこの事態を収束することは、それが過去への干渉と判断されてしまうらしい。こんな矛盾したジレンマにタイムパトロールは実に悔しそうだったよ」

 野比の〇太は、こんな話を聞きながらも

「そうかあ、もうドラ〇もんには会えないのか・・・」

 と感傷に浸っていた。

「さてと、本題に入りたいがいいかな」

「ああ、いいよ」

「そんな一途に源し〇かくんのことを想っていた君は、卒業式の日に告白をしたようだね。しかし、源し〇かくんからは、快い返事はなかった。確か、これまでのままで良い友だちでいて欲しいと返事をされたんじゃなかったかい」

「そうだよ。し〇かちゃんとは別々の高校になることが心配だったんだ。そのことをドラ〇もんに相談したけど、それは自分で解決しろって言われて・・・」

「しかし、いきなり告白されても、少しくらいは源し〇かくんに考える時間が必要とは思わなかったのかい。それに最初の告白でそれを受け入れてもらえるなんて、どうしてそんん風に考えてしまったんだい」

「それは・・・ドラ〇もんが見せてくれた未来では、僕はし〇かちゃんと結婚をしていて、僕が告白すれば、し〇かちゃんはつき合ってくれると思っていたから・・・」

「君は間違っている。ドラ〇もんがどんな未来を見せたのかは分からないが、全てが予定通りに進む未来なんてありはしない。いつでも未来は予測不可能なんだ。だから、人は良い未来を得るために今を頑張れるんだ」

「頑張っていたよ。いつでも僕はし〇かちゃんのためなら全力で頑張っていた。し〇かちゃんも、それを分かってくれているはずだったんだ」

 男はここで、少し時間をおき

「君さえよければ、源し〇かくんと話をしてみないか」

 と言った。

「えっ、し〇かちゃんが来ているの」

「ああ、我々の説得にやっと応じてくれてね。しかし、一つだけ言っておく。源し〇かくんが今まで口を閉ざしていたのは、この事態を招いたことへの責任や君が持つ未来のテクノロジーへの恐怖なんかではない。源し〇かくんは、君を傷つけてしまったことへの自責の念から、君に対する言葉を見つけられなかった。ただ、それだけで口を閉ざしていたんだ。全ては君への思いやりからだったことを理解してくれ」

 男はこう言うと少し遠くに停車してある車に近づき、後部座席のドアを開けると、源し〇かが降りてきた。男はその場で待つこととし、源し〇かのみがバリアへと近づいて行った。

「の〇太さん・・・し〇かです。聞こえている?」

「し〇かちゃん・・・ちょっと待てて」

 やがて、野比の〇太は家から源し〇かの元へ駆けてきた。そして、息を切らしながら

「本当に、し〇かちゃんなんだね」

 と声をかけた。

「ええ、し〇かです」

 と源し〇かは簡単に答えた。

「ごめん、し〇かちゃん。こんなことにまき込んでしまって、僕は・・・」

「いいの、の〇太さん。私にも責任があるから・・・」

「やっぱり、怒っているよね。こんなことになってしまって」

「・・・怒っていたこともあるし、怖かったこともあった。でも、今は違う」

「本当に」

「うん、本当。でも、その前に私の話を聞いて」

「うん」

「あの卒業式の日だけど、私はの〇太さんの告白を断った訳じゃなかったのよ。それまでから、私はの〇太さんが、私に対しては特別な感情を抱いていることは薄々感じていたわ。でも、私にとっての〇太さんは良い友だち・・・いいえ、かけがえのない友だちっだった」

「だったら、どうして」

「分からなかったの。の〇太さんは『つき合ってください』とか『彼女になってください』って言ってくれたけど、つき合うとか彼女になるとかの意味が分からなかったの。それが友だちでいるのとは、どう違うのか理解する時間が欲しかったの」

「・・・」

「だから、私は友だちのままでいて、考える時間が欲しくて、あんな返事をしてしまったの。なのに、の〇太さんはバリアを張って閉じこもってしまって・・・」

「僕は、何も分かっていなかったんだね」

「すぐにでも、の〇太さんと話がしたかったけど、そんな状況じゃなかった。でも、の〇太さんもすぐにバリアを解除すると思っていたの」

「僕だってそうさ。し〇かちゃんに断られて、何もかもが嫌になって、誰にも出会いたくなくなって、思いがけなくバリアを張ってしまったけど。そうしたら、バリアは思ったよりも巨大で、すぐにテレビですごい騒ぎになって、近所の人たちがすごいパニックになって、僕がやったことだって言うのが怖くなって、気が付いたら僕はバリアの中で独りぼっちになっていた」

「多分、そうだと思っていた」

「本当にそうなんだ。こんなことになるなんて思ってもいなかった」

「分かるわ。の〇太さんは、いつも最初は意気地なしだけど、最後には決心をしてみんなの先頭にたっていたもの。だから、いつか決心をして出てきてくれると信じていた」

「でも、出ていく勇気はなかった。だって、出て行ってもし〇かちゃんに嫌われたままだと思うと、どうしてもできなかったんだ。どうすれば、し〇かちゃんに嫌われないようにすることができるのか、そんなことばかりを考えていた」

「でも、十年もたってしまったわ」

「長すぎるよね」

「そうね。長すぎたわ」

「僕は、どうすればいいんだろう・・・」

「実はね。今日はの〇太さんに報告しなければならないことがあって来たの」

「報告?僕に?」

「ええ、今日は、どうしてもの〇太さんに受け入れて欲しいことがあって、報告に来たの。驚かないで、最後まで聞いてくれる」

「うん」

「実はね。私、結婚するの」

「ええっ・・・」

「そんなに驚かないで」

「だって、し〇かちゃんは、僕と・・・」

「そうじゃないの。その未来は約束されたものではなかったのよ・・・」

「だって、ドラ〇もんが・・・」

「私はね、の〇太さんがバリアを張ってから、誰とも恋愛をしなかったの。恋愛をするのが怖かったの」

「ごめん、し〇かちゃん・・・」

「だから、高校の時に告白をされたこともあったけど、誰ともつき合わなかったわ。そして、大学に進学したけど、その時に告白をされたんだけど、一旦は断った人がいたの。でもね、その人はなかなか諦めてくれなくて、私はの〇太さんのことを話したの。それに私とつき合うと、の〇太さんに何をされるのか分からないなんて脅しみたいなこともいったわ」

「それで、どうなったの」

「その人は言ったわ『君の人生なのに、そんなことで大事なことを決断できないなんておかしい。僕はの〇太なんて人は知らないし、僕には関係ない。僕は君の本当の気持ちを知りたいんだ。の〇太って人に遠慮しない君の本心を教えてくれ』って言ってくれたの」

「それで、つき合い始めたの」

「ううん、その時は断ったわ。だって、告白されてすぐにOKなんてだせないもの」

「そうか・・・」

「でもね、その人はいつも私の傍にいてくれて、何よりも私のことを優先してくれて、なかなか就職先が決まらなかったときも、一緒に受け入れてくれそうな会社を探してくれたの。それで、就職が決まった時は、私よりも喜んでくれたわ」

「それで、どうなったの」

「気が付いたら、その人は私にとって、なくてはならない人になっていたわ」

「そうなんだね」

「昔は、の〇太さんがそうだったのよ」

「それは違うよ」

「そうよ。私にとって楽しい思い出は、全部の〇太さんが一緒だったもの」

「・・・」

「私は悩んでしまったの。だって、私が他の人とつき合うとの〇太さんが傷ついてしまうことは分かっていたから。でも、その人は『僕は君と一緒なら何も怖くはない。これから何が起こるか分からないけれど、一緒に戦おう』て言ってくれたわ。私はその言葉を信じることにしたの。そして、つき合い始めてちょうど一年目だった先月にプロポーズをされたの」

「それで、結婚をするんだね」

「うん。でも、まだプロポーズの返事はしていないの」

「ええ、どうして」

「の〇太さん、私は一番にあなたに祝福をしてもらいたいの。私にとってかけがえのない一番の友だちのあなたからの祝福を受けてから返事をすることにしたの」

「そんな・・・」

「別に急がないわ。急にこんな話をされても困るわよね」

「一つ、聞いてもいい」

「なに」

「し〇かちゃんは、その人と結婚することで幸せになれるの」

「そんなの分からないわ。結婚をするって簡単なことじゃないもの。私はあの人の全てを知っている訳じゃないし。あの人も私の全てを理解してくれているとは限らない。それに、結婚すれば子どものことだって考えてしまうし。私がちゃんとした母親になれるかどうかなんて不安でいっぱいよ。幸せになれるかどうかなんて分からない」

「そうなんだ・・・」

「でも、そんな不安でいっぱいだからって、立ち止まっていたら、何も解決しないわ。怖くて不安で、どうしていいか分からないとき、勇気をだして一歩踏み出すことの大切さを教えてくれたのは、の〇太さん、あなただった」

「そんなことないよ」

「ううん、そうよ。あなたは、いつも一番大切なときに勇気を振り絞って、先頭に立って一歩前に踏み出していた。どんな困難にも立ち向かう勇気を教えてくれた」

「・・・」

「だから、私は結婚するのは不安で怖いところもあるけど、勇気を出して一歩前に踏み込む決心をしたの」

「そうなんだ・・・」

「・・・」

「分かった、し〇かちゃん。僕は君の結婚を祝福するよ」

「本当」

「ああ、本当さ。君がそんな重大な決心をしているのに、僕が応援しない訳にはいかないよ」

「ありがとう、の〇太さん」

「おめでとう、し〇かちゃん」

 そうして、野比の〇太は

「し〇かちゃん、何が起こるか分からないから、少し離れて」

 といった。源し〇かは、言われたとおりにバリアから距離をとった。

 野比の〇太もバリアから少しの距離をとると

「バリア・・・解除」

 と叫んだ。

 すると、閃光が回りをつつんだ。

「解除、されたのかな・・・」

 野比の〇太は恐る恐る源し〇かに近づいて行った。源し〇かも、野比の〇太に近づいて行った。

 そうして、二人は手が届くところまで近づいた。

「解除されたみたいだね」

「そうみたいね」

 野比の〇太は、ほっとしたような表情になり

「ありがとう、し〇かちゃん。僕もやっと前に進む決心ができたよ」

 と言った。

「どうするの」

「分からない。でも、こんなことをしてしまった責任はとらないとね」

「・・・」

「じゃあ、行ってくる」

 そういうと、野比の〇太は停車してある車の傍らに立っている公安の刑事に向かって歩き始めた。

「の〇太さん、がんばってね」

 源し〇かは、こういうと野比の〇太を見送った。

 野比の〇太は振り替えることもなく、まっすぐ前に歩いていった。

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