第4話 殺風景な小部屋

 例えるなら、何一つ不安のない子供の頃。

 暖かな陽気に包まれながら窓際で昼寝をしていたときのような完全な睡眠。

 そんな”完全”から、総一朗はゆっくりと引き剥がされて覚醒する。

 見知らない殺風景な小部屋で目を覚ます。

 徐々に覚醒していく頭で状況を整理する。確か、覆面の男に撃たれて気を失ったはず……。

 自身の体を確認する。

 気を失う前に身に着けていたプロテクターの類はすべて外され、怪物との戦闘で怪我を負った箇所には、簡易的な処置が施されているようで包帯が巻かれていた。

 銃痕らしき跡は見当たらない。麻酔銃の類だったのだろうか?

 グルリと部屋を見渡す。

 窓がないためか、妙な圧迫感がある小さな部屋。家具の類はない。出入り口はドアが一つ。

 立ち上がり。ドアノブに手をかける。

 どうやら鍵がかかってらしく、ドアは開かなかった。

 内側から解錠はできないタイプのドア。つまりこの部屋は、誰かを閉じ込めるために作られているようだ。

 部屋の中をぐるぐると歩き回って観察していると、唐突にドアが開かれてコンビニの袋を片手に持った特徴のない男が入室してきた。

「なんだ、ようやくお目覚めか」

 男の声を聞いた瞬間、気を失う前の記憶がフラッシュバックする。

 総一朗を撃った覆面の男の声と、目の前の男の声が同一のものであると確信した。

 この男は敵だ。

 瞬時にそう判断した総一朗は、迷いなく拳を振り上げると、眼の前の男に殴りかかった。

「おいおいおい、まじかよ」

 男は呆れたようにそう言うと、ひょいと身軽な動作で総一朗の拳を回避し、足を引っ掛けて転倒させる。

 何らかの武術の心得があるのだろう。その動きは無駄がなく、洗練されていた。

「血の気が多いなぁ……普通そんな思い切った行動できないぜ?」

 床に這いつくばる総一朗を見下ろして、男はため息をついた。

「まあ、”普通”のやつだったら昨日の時点で死んでるわな」

 そして持っていたコンビニの袋を総一朗に差し出す。

「腹減ってるだろ?食えよ」








 床に座ってガツガツとコンビニの弁当を喰らう総一朗と、その隣でタバコを吸っている塩顔の男。

 総一朗が弁当を食べ終えた頃合いを見計らって、男は話始めた。

「アンタ昨日さ……”アレ”を殺しただろ?」

 アレ。

 男が言っているのは、昨日出会った怪物のことだろう。

 総一朗は警戒しながら無言で頷いた。

「まあ、俺は……というより俺達さ……何ていうか、”アレ”を秘密裏に処理する組織みたいなもんなんだよね」

 男は言葉を選びながら喋っているようだった。

「説明は難しいんだけど……とりあえず、普通の人間は”アレ”に出会ったらまず生き残れない。けどアンタは生き延びた……どころか”アレ”を殺してしまった。これって凄いことだよ」

「……何が言いたい?」

 総一朗の問いに、男は肩をすくめた。

「そう警戒するなって。まあ、簡単に言うとスカウトしようと思ってね。アンタにはどうやら才能がありそうだ……俺達と一緒に働いてみないかい?」

 怪しい。

 男は明らかになにか隠している。

 才能があるなど……そんな甘い言葉には大抵裏があるものだ。そんな言葉に騙されるほど、総一朗は若くなかった。

「悪い話じゃないと思うよ”日向総一郎さん”。アンタ今無職なんだろ?俺達金払いには自信あるんだよね」

 ニヤニヤとこちらを見つめる男。

 どうやらある程度総一朗の事は調べがついているらしい。

「やることなくて一人で自警団ごっこしてたんだろ?このまま続けててもいずれ通報されてブタ箱行きだ……どうせ正義のヒーロー気取るんだったら、ついでに小銭稼ぎでもどうかって誘ってんだよ」

 男の言うことにも一理ある。

 総一朗はしばらく考え、視線を上げた。

「君、名前は?」

 男はニヤリと口角を釣り上げる。

「俺かい?そうだな……ヤマダとでも呼んでくれ」





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