第3話 上出来
総一朗の拳を受けた怪物は、意外な程にあっさりと体勢を崩した。
体重がそれほど重くないのだろうか?
考えている暇はない。
さらなる追撃を与えんと、総一朗は一歩踏み出し、体勢を崩している怪物に二発目の拳を振り下ろし……。
視界いっぱいに広がる星空。
気がつくと総一朗は仰向けに倒れているようだった。
何が起きたのかわからない。
起き上がろうとすると、左胸に違和感。視線を向けると、装着していた胸部のプロテクターが大破していた。
総一朗はゾッとする。
怪物は見えない速度で総一朗に反撃したのだろう。
金属バットの一撃すら防ぐ強度のプロテクターをこんなにも簡単に……。
慌てて起き上がると、意外にも怪物は総一朗には興味がないとばかりに、警察官の死体を貪っていた。
もしかしたら、先程の一撃で総一朗を仕留めたと思っているのだろうか?
確かにプロテクター無しで受けたら命はなかっただろう。
実力の差は歴然。こうして今生きていることすら奇跡。
相手がこちらを見ていないのなら、今すぐ逃げるべきだ。きっとそれが正解……。
総一朗はギリリと奥歯を食いしばった。
あいつは舐めている。
総一朗を……否、人間を。
総一朗の生死などどうでも良いのだ。ただ、食事中によってきた羽虫を払っただけ……。
先程の一撃で、ダメージを受けているようにも見えない。敵とすら認識されていないのだ。
それは耐え難いほどの屈辱だった。
正義を実行するヒーローになると決めたのに。実際に目の前に怪物が現れたとき、何もできないどころが敵とすら認識されない……。
ここで逃げるなんて事はできない。この怒りを精算しなくては。そして何より
「悪には、正義の裁きを!」
総一朗は雄叫びを上げながら食事中の怪物に駆け寄ると、全体重を載せた飛び蹴りを浴びせる。
吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転げる怪物を見て、総一朗は確信する。
やはり目の前の怪物はそんなに重くない。
そして、物理法則が聞かないようなトンデモ生物ではなく、ただ ”そういう動物”なのだ。
ならば勝機はある。
総一朗は先程制裁した暴漢の持っていた金属バットを拾い上げ、雄叫びを上げながら怪物に駆け寄った。
体勢を立て直させてはいけない。
地面に寝転んでいる怪物をバットで滅多打ちにする。
二、三度相手から反撃があったが、アドレナリンがドバドバと出ているせいか、痛みをほどんど感じなかった(相手の体勢が悪く、力があまり乗っていなかったのかもしれない)。
どれだけ時が過ぎただろう?
気がつくと、目の前には物言わぬ肉塊に成り果てた怪物の残骸があった。
一気に気が抜けて、その場に崩れ落ちた。怪物の反撃を受けた左腕と右の脇腹がひどく痛む。
荒く息を吐き出しながら、呆然と怪物の残骸を眺めていると、背後からパチパチとやる気のない拍手の音が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこには飾り気のない覆面で顔を隠した人物が一人。
「お見事。素人にしちゃあ上出来だ」
覆面の男はそう言うと、右手に持っていたハンドガンを総一朗に突きつけた。
「……あっ」
なにか言いかけた総一朗。
しかし覆面の男は興味がないとばかりに、あっさりとその引き金を引いた。
乾いた銃声と共に総一朗の意識は闇に飲まれるのだった。
◇
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