第2話 鉄拳

 深夜の公園。

 チカチカと老朽化した電灯が点滅する。

 対峙する二人分の人影。

 振り下ろされる金属バット。

 極度の集中によるものか、総一郎の眼にはスローモーションに見える。

 スッと一歩前に移動し、バッドの根本部分に自身の右腕を割り込ませる。

 右手に装備していたプロテクターと金属バッドの根元部分が当たり、予想外の動きをされた暴漢は驚いてバットを取り落とす。

 素早く地面のバットを遠くに蹴り飛ばすと、呆けている暴漢の顔に鉄拳を叩き込んだ。

 鉄拳。

 それは革のグローブに鉄製の装飾を取り付けた、文字通りの「鉄の拳」。

 総一郎の鉄拳が顔にめり込み、暴漢は鼻血を吹き出して派手に倒れる。

 その好機を逃すまいと素早く馬乗りになる総一郎。暴漢の動きを完全に封じ、思い切り拳を顔面に叩き込む。

 最初の数発は抵抗していたものの、やがて体から力が抜けた。

 暴漢が気絶したのを確かめると、総一郎は荒い息を整えてゆっくりと立ち上がった。

 手製の戦闘服はどうにも通気性が悪い。防御面において申し分ない事は、ここ数日の”実践”において確信しているのだが。

 目の前で伸びている暴漢は、所謂不良というものだろうか?

 人気の無い通りで、塾帰りだろう真面目そうな学生からお金を巻き上げている現場を目撃し、総一郎を今回のターゲットに決めた。

 助けた学生はいつの間にか消えていたのだが、別に感謝が欲しくてやっているわけではない。

 





 幼いころから、総一郎はヒーローにあこがれていた。

 日曜の朝は早起きをして、テレビの前で目を輝かせて特撮のヒーローを応援したものだった。

 大人になったら正義の味方になると信じていたし、ならなければならないと、どこか使命じみた感情すら持っていた。

 小学生のころ、学校が終わるとランドセルを放り投げて遊びに行く同級生を横目に見ながら、総一郎は自主的に地域のごみ拾いをしていた。

 誰かに褒められたかったわけじゃない。ヒーローになるならこれくらい当たり前だと、そう思っただけだ。

 大人たちはそんな総一郎を見て、「いい子ぶって気持ち悪い」と、そんな心無い陰口をたたいていた。

 




「そこのコスプレ男!動くな!」

 過去を思い出していると、鋭い声とともにこちらを照らすライトの光。

 振り返ると、こちらに小走りで近寄ってくる警察官の姿。

 少し考えて、どうやら助けた学生が警察に通報したのだろうと思いついた。

 小さなため息を一つ。

 悲しくはない。彼は自分の正義に従って行動したのだろうから。

 警察官は総一郎を警戒しながら、倒れている暴漢に近寄って状態を確認し、顔をしかめる。無線に応援と救急車を要請すると、警棒を構えてじりじりとこちらに近寄ってくる。

「今に増援が来る、そこを動くなよ……」

 見ると、警察官の額には大粒の汗が浮かんでいる。

 返り血で赤く染まった正体不明のコスプレ男なんて、恐怖でしかないだろう。

 それでも彼は立派に自分の職務を、警察官としての正義を実行しようとしている。

 その正義には敬服する。しかし、総一郎はここで捕まるつもりは無かった。

 仕方なく警察官を迎撃しようとしたその瞬間、ぞわりと背中に悪寒が走る。

 本能にしたがって横っ飛びに転げる総一郎。次の瞬間、黒い影が背後の茂みから高速で飛び出してきて警察官にぶつかった。

 チカチカと点滅する電灯の灯り。不自由なか、総一郎は見た。

 驚いたような間抜けな表情のまま絶命している警察官と、その死体をうまそうに貪り食う異形の怪物の姿。

 ぐるりと怪物が振り返る。

 怪しい光をたたえた縦長の瞳。ヌラヌラと血に塗れた鋭い牙。全身が長毛に覆われた二足歩行の獣。

 考えるよりも先に体が動く。

 足に力をこめ、一気に怪物との距離を詰めた総一郎。勢いをつけ、思い切りその顔面に鉄拳を叩き込んだ。



 

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