Ep.9 給仕係 中編
アクルが去った後すぐ、昼食の時間になってしまったため、給仕係に精霊の噂のことを聞きそびれてしまった。
午後になり、庭師に仕事を頼まれたローワンは、暑い日差しの下で庭と地下室を何度も往復していた。スコップや植木鉢、肥料などを地下室の倉庫から庭へ運ぶのだ。
地下室や、窓のない自分の部屋に慣れてしまったからだろうか。
久しぶりに太陽の下に長時間いると、眼がちかちかとしてくる。
歴史あるバークレイ伯爵家は、邸宅も大きいが、庭もそこそこの広さがある。
広い庭園には季節ごとに色とりどりの花が植えられていて、巨大な噴水や、ティータイム用の椅子と机が設置されたガゼボ、数多くの彫刻などが飾られている。
厳かながら美しい景色のこの庭を、ローワンは気に入っていた。
しかし、飾られた彫刻の中には、美しい女神や天使の像と一緒に、誰の趣味かわからないが不思議な形の像が飾られていた。
不思議な彫刻は、頭と胴体の大きさが同じ2頭身の像だ。
丸いつるりとしたフォルムに、大きな目と丸い鼻。猫のようなひげがあり、そして胴体には鈴とポケットのようなものが彫られている。
これは実在する生き物なのか、もしくは、アクルのような精霊を模したものなのだろうか。と、ローワンはこの像を見るたびに疑問に思っていた。
ひげを見る限りは猫のようだが、二足歩行で耳もなく、手足もボールのように丸い。
そして、そのほかにも邸宅と庭をぐるりと囲むように、背の高い塀や柵が張り巡らされている。
ローワンの記憶では、両親が生きていたころはこのような高い柵はなかったはずだが、伯爵様が動物避けのために設置したものらしい。
この邸宅には今はバークレイ伯爵以外の主人がいないので、食料や日用品を運んでくる商人以外の訪問者もなく、正面に一つだけある門は基本的に閉まったままだ。
色とりどりの花が咲き誇るこの庭も、今や使用人くらいしか見てくれる人がいない。
「こんなにきれいに咲いているのに、かわいそうね。」
庭師から頼まれた道具を両手に抱え、歩きながら足元に咲いている白い花に声をかける。
そういえば、昔の庭には赤い花が多く植えられていた気がする。
確かローワンが気に入っていた花で、父はよく私たちの色だねと言って花を見ながら頭を撫でてくれた。
私たちの色、とはどういう意味だったのだろうか。
ローワンは灰色のくすんだ髪色をしているし、瞳も暗い茶色をしている。
父は、確かローワンと同じようなブラウンの瞳で、そして髪色は、
「あれ、そういえばお父様はどんな見た目をしていたかしら」
父の姿を最後に見たのは10年も前のことだ。
当時ローワンは6歳だったし、両親の肖像画も伯爵様が撤去してしまったのか残っていない。
時が経つと、あんなに好きだった父親の姿すらも忘れてしまうようなものなのだろうか。
このまま少しずつ大人になって、父や母の思い出が薄れていってしまうのかもしれない。
そう思うと、これ以上年をとりたくないな、とローワンは思った。
庭師のもとに最後の道具を運び終え、土のついたメイド服の裾を手で掃う。
ヒヒン、と馬の鳴き声が聞こえたため視線を上げてみると、門の前に馬車が止まるのが見えた。
商人の納品にしては遅い時間だ。誰か来たのだろうか。
門の前に止まっているのは、貴族にしてはあまりにも質素な馬車だ。
馬車というより、あれはどちらか言えば荷台に近い。
すると、
「バカ女!そこどけ!」
背後から聞こえた不愉快な声と共に、ローワンは前方に吹き飛ばされ、思いっきり地面に膝をついてしまった。
「いたっ。」
邸宅の方から猛スピードで走ってきたのは、憎き給仕係だった。
門の方を向いていたローワンは、後ろから走ってきた給仕係の肩にぶつかって、バランスを崩してしまった。
道の真ん中でもないのにぶつかるなんて、ワザとに違いない。
こいつ、いつか絶対にひっぱたいてやるんだから。ローワンは地面に膝をついたまま給仕係をキッと睨みつけた。
「母さんの病気が悪化したんだ!俺様は今からこの素晴らしき薬を届けるために故郷に帰る!!ふはは、また一つ俺様の伝説が増えてしまうな。バカ女、俺がいなくなっても泣くなよ!じゃあな!」
ローワンの睨みなどまったく気にしていない給仕係は、聞いてもないのに突然嵐のように身の上話をした後、ローワンに向かって大きく手を振った。
そしてそのまま、門の前に止まっていた荷台のような馬車に大きなカバンとともに乗り込んでいく。
「さぁゆけ!全速力で!風のように!」
乗り込むや否や、進行方向に向けて腕をまっすぐに伸ばして叫んでいる。
暖かい日差しの下にいるというのに、なぜこの男はここまで気に食わないのだろう。
心なしか御者も、なんだコイツはという顔をしているような気がする。
「なんだったの、、、」
先ほど起きた出来事を頭があまり理解できていないまま、とりあえず立ち上がる。開いた門の隙間から、給仕係を乗せた馬車が小さくなっていくのが見えた。
本当に何だったのだろう。
よくわからないが故郷に帰ると言っていたし、しばらくはあの男の顔を見ずに済みそうだ。と、膝に着いた土をぱんぱんと払いながらローワンは思った。
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