Ep.6 精霊(のようなもの) 後編下

 

 「あの、適合者って、、?」


 ローワンは、段々と”幽霊のようなもの”とコミュニケーションをとることに対し、ためらいがなくなっていた。

 

 何となく、悪い人ではなさそうだ。

 箱を壊そうとしたのがバレなければ、だが。

 


 ”幽霊のようなもの”は、メイド長とは違ってローワンが質問しても怒ったり無視したりしないらしい。

 なんともないような顔で、ローワンの質問に答えてくれる。

 

 「お前の右手についているその指輪。そこからお前の魔力が私の身体に流れてきている。その指輪を持つものが”適合者”だ。」


 ”幽霊のようなもの”は、ローワンの右手の指輪を指さしながら、言った。


 「私はその指輪に宿る思念体、のようなものだ。そして見ての通り、」


 そこで言葉を切った”幽霊のようなもの”は、パチンと指を鳴らす。

 ふむ、やはり魔法は問題なく使えるようだ。と独り言のようにつぶやき、ローワンと自分の間の空間を指さした。


 「このように、私とお前の魔力が繋がっているのが見えるだろう。その指輪を媒介にしてお前から魔力を摂取することで、私は動いている。」


 ”幽霊のようなもの”が指さした空間には、きらきらと輝くグリーンの光の粒が、紐のようになってローワンと幽霊のようなものをつないでいた。

 光の紐の先を目で辿ってみると、どうやら右手につけた指輪から出ているらしい。


 光の粒は、”幽霊のようなもの”の辺りにきらきらと漂い、元々神々しかった”幽霊のようなもの”をさらに神々しい雰囲気にしている。



 「私にも、魔力があるんですか、、?」


 「当たり前だ。この世の生きとし生ける者にはすべからく魔力が宿っている。魔力がないのは死体か金を含む一部の無機物くらいだ」


 自分にも魔力がある。ということは魔法を使える可能性があるということだ。

 ”適合者”とか”思念体”とか、理解できない言葉がいくつか聞こえてきたが、自分に魔力があり、魔法を使えるかもしれないということだけはローワンにも理解ができた。


 「ということは、あなたは死体や無機物ではないってことなんでしょうか、、?」

 

 「私は死体でも無機物でもない」

 

 「じゃあ、人間?」


 「否。」


 「えっと、幽霊ですか、?」


 ”幽霊のようなもの”はふるふると首を振りながら、ふわりと宙に浮かんだ。

 空を飛んでいるようだが、どうやら人間でも幽霊でもないらしい。


 「じゃあ、指輪の精霊?」


 ”人間でも幽霊でもないもの”は、ふわふわと宙に浮かびながら、精霊か。とつぶやき、顎に手を当て考えるようなしぐさをする。

 

 「ふむ、そうだな。私は指輪の魔力に意思が宿ったものだ。それゆえ思念体という言葉が一番正確だろうが、まぁある側面では精霊も似たようなものだ。精霊のようなもの、といったところか。」


 それがお前にとって理解しやすいのであれば、それでも構わない。

 そう言った自称”精霊のようなもの”は、今まではふわふわと宙に浮いているだけだったが、今度は身体を横にしながら、宙を舞い、泳ぐようにローワンの周りをくるくると回っている。


 銀色の長い髪と、さらりとした肌触りのよさそうな白い服が、風に靡いて揺れている。



 「精霊のようなもの。」


 精霊のようなもの、精霊のようなもの。

 目の前の現実を確かめるため、嚙みしめるように何度もつぶやいた。

 ローワンは16年の人生で初めて精霊に会った。

 まさか、この世界に精霊がいるなんて、まるでおとぎ話のようだ。



 「あの、”精霊のようなもの”さん」


 「不可思議な呼び方はやめてくれないか。私にも名前がある、」


 ”精霊のようなもの”呼びはお気に召さなかったらしい。

 ”精霊のようなもの”は、ローワンの周りをくるくると回るのをやめ、空中で腕組みをして止まった。


 「名前を教えてもらってもいいですか、、?」 


 「アクルだ。アクルと呼んでくれればいい」


 「アクル。」


 ”アクル”。

 美しい名前だな、とローワンは思った。

 軽やかで、まるで風のような美しい響きだ。


 「アクル。わからないことがたくさんあるんです。教えてもらってもいいですか?」


 指輪のこと、魔法のこと、箱に書かれていた魔法陣のこと

 アクルのこと、そしてこの地下室のこと

 

 この2年知りたかったことはたくさんある。

 アクルであれば教えてくれるのではないだろうか。


 「そうだな。私も今の状況を整理したい。お互いに情報を共有しよう」


 アクルはそう言って何度か頷いた。

 

 「ありがとうございます!」



 ローワンは満面の笑みでアクルに言った。

 誰かと話ができるだけではなく、自分の知りたいことを知ることができるかもしれない。

 

 この10年で一番うれしい瞬間に違いない。

 ローワンは、16歳の誕生日にこれ以上ないほどの贈り物を手に入れた気分だった。

 


 そしてそのまま、ローワンはソファーに腰かけ、アクルはそんなローワンの周りを飛び回り、

 二人は何時間も話し続けた。

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