Ep.6 精霊(のようなもの) 後編上

  

 ビクッと体を震わせたローワンは、まさかそんなわけないよね、と声のする方へ視線を動かす。

 残念なことに、いやな予感は当たってしまったらしい。

 グレーの瞳とばっちり目が合ってしまった。


 「ひぇ」


 なんとも情けない声がローワンの口から零れる。

 

 先ほどまで人形のように固まっていた”幽霊のようなもの”が、首をかしげるようにしてローワンをまっすぐ見つめていた。

 固まっていたせいで肩が凝ったとでもいうように、”幽霊のようなもの”は首に手を当て、首をコキっと鳴らす。



 「ここはどこだ。」


 キョロキョロと部屋の中を見渡しながら、”幽霊のようなもの”が言う。



 動いている。

 そして話をしている。

 さっきまで人形のように固まっていたのは何だったのだろうか。ローワンはあんぐりと口を開け、目の前の”幽霊のようなもの”を見つめた。



 「聞こえなかったのか。ここはどこだと聞いている」


 一度目より、少し低くなった声で”幽霊のようなもの”がローワンに尋ねる。

 本当に自分に話しかけられているのだ、と、ローワンは身体を震わせた。


 「あ、ここは。バークレイ領の、バークレイ伯爵家です、その、地下室、の部屋で、」


 先ほどこの人形が動けば良いのにと思ったローワンだったが、謝罪と”はい”以外でまともに人と話すのは10年ぶりなのだ。

 自分が思っていたよりもかなり小さい音量で、上ずった情けない声が自分の口からこぼれる。


 ローワンは、自分のメイド服の裾をぎゅっと握りしめた。


 「バークレイ、、?」


 ローワンの返答が気に食わなかったのだろうか

 ”幽霊のようなもの”は、顎に手を当て、何かを考えるようなそぶりを見せる。


 先ほどまでローワンの方を見ていた美しい瞳が、部屋中をつぶさに観察している


 「お前の名前は?」


 部屋中を見ていたグレーの瞳が、ローワンの姿を上から下までじっくりと観察を始めた。

 自分と対照的な美しいものに見られ、居心地が悪くなったローワンは、肩まである自身のくすんだ灰色の髪をぎゅっと握りしめた。


 「ローワン、、ローワン=バークレイです」

 

 「ふむ。名前から察するに領主一族の者か」


 10年ぶりに、自身のフルネームを他人に名乗った。

 領地と同じ姓を持つことができるのは、この国で唯一、領主の血筋だけだ。


 自分の名前を答えるだけだったが、くたびれたメイド服に、くすんだ灰色の傷んだ髪。年頃の貴族令嬢としては考えられない格好をしている自分を思い出し、ローワンはカッと顔に熱が集まるのが分かった。


 今までは気にする余裕もなかったが、目の前の美しい姿を見るとなんだか自分の惨めな姿が急に恥ずかしくなってきた。



 「ローワン。そしてバークレイか。バークレイ、ローワン、んん、」


 自分の名前が誰かの口から発せられるのを聞くのは、久しぶりだ。

 両親が亡くなって以来、数えるほどしかないのではないだろうか。


 目の前の美しい人が、自分の名前を噛みしめるように呼んでいる。

 表情から見るに、どうやらローワンの領主一族らしからぬ格好が気になるわけではないらしい。


 バークレイ。バークレイ。と繰り返しながら、視線はローワンと部屋の中を行ったり来たりする。

 その視線がローワンを捉える度、グレーの瞳にすべてを見透かされているような気がして、ローワンは思わず俯いた。



 「記憶にないな。私はなぜこんなところにいるのだ。」


 「え、」


 聞こえてきた意外な言葉に、俯いていたローワンは顔を上げた。

 美しい”幽霊のようなもの”は、最初に見た時よりもさらに深い皺を眉間に寄せている。


 「それって、どういう、、」



 「頭の中に靄がかかっているような感じだ。ここに来る前の私は、何をしていたのかわからない。そしてバークレイという地名にも聞き覚えはない」


 ”幽霊のようなもの”はローワンの質問に答えてくれるらしい。

 

 この人が何故こんなところにいるのか。それは今一番ローワンが知りたいことだった。

 突風を起こしたかと思えば、突然目の前に現れ、人形のように固まった後突然動き出し、ローワンに質問をしてきた。


 そして聞きたい情報だけを聞いた上で、自分がどうしてここにいるのかも思い出せないと言う。

 


 「あの、、箱を壊そうとしたことを怒って出てきたんじゃないんですか?」


 ローワンが一番初めに想像したことを伝えてみる。

 箱を壊そうとした瞬間に突風が吹き荒れ、目の前の”幽霊のようなもの”が現れたのだ。


 馬鹿馬鹿しい想像だが、やはりこの不思議な箱の番人なのではないか、というのがローワンの仮説だった。


  ローワンをまっすぐに見つめた”幽霊のようなもの”は、 あぁ、そのことか、と手を叩いた。


 「そういえば封印が解ける間際、何やら私に危害を加えようとしている者の雰囲気を感じたのでな。急いで外に出てきたのだ。」


 箱の番人が怒って外に出てきたというのはあながち間違いではなさそうだ。

 "急いで出てきた"という言葉から、できれば”幽霊のようなもの”には自分が箱を銅像で叩き壊そうとしていた、ということは言わない方が良いのだろうな。とローワンは思った。


 「封印って、この箱に書かれている古代文字のことですか?」


 銅像が”幽霊のようなもの”の視界に入らないことを祈りながら、指輪を取り出した後、ソファーの上に置いたままになっていた箱を手に取り、”幽霊のようなもの”に向けて差し出した。


 「あぁ。そうだな。この縁に書かれている模様が封印の魔法陣だ。」


 ”幽霊のようなもの”は、ローワンの差し出した箱をひょいっと手に持ち、金の縁を指さした。

 そこには2年前に見つけた時から模様のようなものが描かれている。

 

 「この魔法陣は、一定の条件を満たすと開くような式になっている。何か思い当たるものは?」

  

 「あ、今日は私の誕生日です。16歳の」

 

 ローワンの言葉を聞いた"幽霊のようなもの”は、ふむ、と頷き、手に持った箱を指先に載せ、くるくると回し始めた。

 くるくると回った箱はやがて、”幽霊のようなもの”の指から離れ、ふわりと宙に浮いた。


 「あぁ、ここに文字が刻まれているな。確かに適合者が16歳になれば開くようになっているようだ」



 やっぱり、自分の予想は当たっていたんだわ。ローワンは自分の心が躍るのが分かった。


 しかし、なぜ自分の誕生日なのだろう。


 『適合者』。


 聞きなれないその言葉が何を指すのかローワンにはよくわからなかったが、2年間この箱を持っていたのがローワンであることや、バークレイ伯爵家の血筋であることが関係あるのだろうか。

 

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