Ep.5 ローワン16歳の誕生日 後編

 12時00分


 カチ、と長針と短針が頂点で重なった。

 本棚の魔石時計が優しく音を奏でる。何度もこの部屋で聴いた子守歌だ。


 懐かしい気持ちになるが、もうこの部屋で何度も聴いている。

 今はそれどころではない。と、ローワンは床に座り、腕組みをしながら目の前の箱を睨みつけるように凝視した。



 どこか光っているところはないか、

 カチ、と何かが開くような音はしないか、

 

 ローワンは余計な音をたてないよう、息を吞んで箱の様子を見守った。



 12時01分


 見たところ、特に箱に変化は見られない。

 もしかして予想が外れただろうか。もしくは古代文字の意味をはき違えたのだろうか。

 そう思う気持ちと、でも自分で立てた仮説をまだ諦めたくないという気持ちが混在している。


 ローワンはそっと目の前の箱を手に取ってみた。

 何か変化はないか、くるくると目の上に掲げて周りを観察してみる。


 「特に何も変化はなさそうだわ。側面の文字も16のまま」


 ぎゅっと両手で握りしめてみる。

 2年前感じたぬくもりも、そこには感じられない。


 

 12時02分


 両手で箱を握りしめていたローワンは、あと少しだけ待ってみようと決めた。

 


 12時03分


 まだよ、まだ可能性はあるわ。

 それにこの地下室の時計がズレている可能性もあるし。



 12時04分

 

 床に座っているためか、だんだんお尻が痛くなってきた。


 

 12時05分 

 

 箱に変化は見られない。

 もしかして12時ぴったりではなく、朝やローワンが生まれた時間だったりするのだろうか。


 しかし、ローワンは自分が何時に生まれたのか知らなかった。

 両親が亡くなり、自分の過去を知る人間が誰もいなくなった今、それを調べる術は存在しない。



 「もーだめ!もう待てない!!今日こそは絶対開けてやるんだから!!」


 いい加減我慢の限界だったローワンは立ち上がり、すぐ近くに置いていた銅像を手に取った。

 

 もう2年も待ったのだ。中のものが壊れてしまったとしても構わない。

 今日こそは、絶対に中に何が入っているのかを突き止めてやるのだ。


 鼻息を荒くしたローワンは、銅像を握りしめ、地面の箱に向かって思いっきり振り下ろした。



 そして、箱に銅像が当たろうとした瞬間、


 「うわぁ、」



 どこからか突風が吹きあれ、ローワンに襲い掛かった。

 重みのある銅像を振り上げていたローワンは、突風に煽られバランスを崩してしまう。


 「なんなの、、、」


 ドスン、と床にしりもちをついたローワンは、突然の出来事に頭の中が真っ白になった。転んだときにぶつけたのかお尻が痛い。


 ごろごろと音を立てて、ローワンの手から落ちた銅像が壁の方に転がっていくのが見える。



 呆然とその行く末を目で追っていたローワンの視界に、見慣れないモノが飛び込んできた。



 「あ、足、?」


 白いバレエシューズのようなものを履いた人間の足のようなものが見える、

 2年間、何度も訪れていた部屋で見慣れないモノだ。ましてやそれが人の足なんて。


 ローワンは自分が今とてつもない危機に瀕しているのかもしれないという気持ちと、2年間待ち望んでいた瞬間がついに来たのではないかという気持ちが混在し、複雑な気分だった。

 おそるおそる、人間の足のようなものに添わせるよう徐々に視線を上げていく。


 足を覆うような白いふわりとした長い布が視界の中に入ってくる。どうやらスカートのようだ。

 上の方には金色の刺繍が施された紐のようなものが巻かれ、少しくびれている。

 そして、紐の上には、腕組みをしている人の腕のようなものが見えてきた。



 あ、これ確実に人間だわ。

 咄嗟にそう理解したローワンは、急いで視線を上にあげた。

 

 「なっ、」


 そこにいたのは、銀髪の長い髪、色素の薄いグレーの目、透き通るように白い肌をした美しい人間だった。

 体を覆うさらりとした白い布の上に、絹糸のような柔らかな質感の銀髪が流れている。



 目の前の美しい人間は、けだるげに首をわずかに傾け、美しい顔に見合わず、眉間にしわを寄せ、ローワンの方を見ていた。




 「え、なんですか。というか、、誰?」

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