全部嘘だった?

「さっきも聞いたけどさ、小野寺君はリサちゃんが本当に絵本の世界に入ってしまったって思ったの?」

 優太のマンションを出たあと、なんとなく美月の散歩につき合うような感じになり、僕は自転車を押しながら歩いていた。

「なんでそんな質問が出てくるかな。リサちゃんが絵本の世界に入ってしまったって教えてくれたのは笹倉じゃないか」

「私はそんなこと一言も口にしてないよ」

「言ったよ。言ってるはずだよ。笹倉が言わなきゃ、そんなぶっ飛んだ話を信じるわけないだろ」

「ぶっ飛んだ話だとは思ってるんだね」

「そりゃあ思うよ。人間が絵本の世界に入ってしまうなんて、それこそ絵本の中でのお話じゃないか。まるでファンタジーじゃん」

 美月が立ち止まる。僕はあわてて自転車のブレーキをにぎった。

「そうやって現実的に考えられるんじゃない。なのになんでぶっ飛んだファンタジーを信じるかなあ」

「だって、それ以外に説明がつかないだろ。いや逆か、そう考えると全部説明できるじゃないか」

「全部? 全部って、何と何のこと」

 試されているようでいい気はしなかったが、思いつくことを順番に並べていった。


・マンションから外には出ていないはずなのに、優太が目を離した五分足らずの短い間に、リサちゃんが部屋からいなくなってしまったこと。


・リビングにはリサちゃんのお気に入りの絵本が残されており、主人公の女の子が森の中に入っていくまでの状況が、消える直前までのリサちゃんの行動とそっくりなこと。(ママの作ったマドレーヌを食べたあとに姿を消した等)


・主人公の女の子とリサちゃんは名前が同じで、容姿がよく似ていること。


・元々、絵本には書かれていなかった森へ入るための合言葉が書き足されており、それを口に出して読んでしまったことで、リサちゃんが森の中に入ってしまったという説明は論理的であること。


・この論理に沿って、森から出てくるための合言葉を書き足し、声に出して読んだことで、実際にリサちゃんが戻ってきたこと。


・戻ってきたリサちゃん自身が、絵本に出てくる森の中で遊んでいたんだよと言ったこと。


「優太がいないから正直に言うけど、そんなファンタジー的なことが現実に起きるわけがないとは思ったよ。でも、実際に起きてしまったんだから、そういうこともあるんだって受け入れるしかないじゃないか。あ、待てよ、もしかしてこれって僕の夢なのか。今、僕は家で昼寝をしていて夢を見てるとか?」

 美月は一人でしゃべり続ける僕をじっと見ていたが、夢という言葉に反応し、ぷっと吹きだした。

「夢オチまでいっちゃったねえ。小野寺君って、思ってたよりもずっと純粋でいい人なんだな。ちょっと見直したかも」

「なんだよ。こういうときに使う『いい人』って、それ、ほめ言葉じゃないだろ」

「そんなつもりで言ったんじゃないけど、気を悪くしたならごめん」

 美月はぺこりと頭を下げ、そのはずみで後ろに束ねていた髪がぴょこんとはねた。


「このままだと気持ち悪いだろうから、ちゃんと説明しておくね。小野寺君がしぶしぶ受け入れたファンタジーっぽい状況は、今回の出来事をそういう風に受け取れるように、私が誘導した結果なんだ。誤算だったのは、優太君をターゲットにしていたつもりなのに、小野寺君まで巻き込んでしまったってこと」

「待てよ、それって僕の理解力が小四レベルってことか。また問題発言じゃん」

「もっとポジティブに受け取ってよ。『いつまでも少年の心を忘れない男なんだな』とか」

「まあいいよ、口では勝てないや。頭でも勝てないけど」

「潔くて良き! じゃあ私ももったいぶらずに結論から言うね。リサちゃんはずっとリビングにいたの。当たり前だけど、絵本の世界に入ってなんかいないのよ」

「は? ずっとリビングに? どこだよ、どこにいたんだ」

「ソファに座って眠ってた。おやつを食べて、部屋はぽかぽか暖かくて、そりゃあ眠くもなるでしょう」

「ソファに? いや、おかしいって。いなかったって」

「いたのよ。私がリビングに入って部屋の中をぐるって回ったでしょ。そのときすぐに見つけたんだ。リサちゃんはソファの上で大きなクマのぬいぐるみを抱えて眠っていたの。だから全身は見えなかった。見えていたのはぬいぐるみのうしろからはみ出したちっちゃな手と足の先だけだった。優太君と小野寺君はそれに気づかなかった。ただそれだけのこと」

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