お帰り、リサちゃん

「リサ!」

 ソファに飛び乗った優太君は、リサちゃんの頭をぎゅっと抱いた。

「いたあい。お兄ちゃん、いたいよ」

「大丈夫だった? こわくなかった?」

「なにが」

「リサは絵本の中に入っちゃったんだろ?」

 優太はテーブルの上から絵本を取り上げると、リサちゃんの膝の上に置いた。リサちゃんは目をこすり、ぽあっと小さなあくびをして絵本を手に取った。

「うん、そうなの。Dreaming Forestの中で遊んでた。でも、ぜんぜんこわくなかったよ」

「ほんとに?」

「うん、Freddyがいっしょだもん。リサは平気だったよ」

 リサちゃんは、隣に座るぬいぐるみの手をにぎった。


 とんと肩がたたかれた。美月が窓の方を指さし、向こうへ移ろうというゼスチャーをする。僕はそうっと立ち上がり、美月と一緒に窓際まで移動した。

「こんな感じでいいのかな」

「あ、ああ、もちろん。いや、すごいな。まさかリサちゃんが絵本の中にいたなんてさ。そんなとこ探そうなんて思わないし。とにかく窓から落ちてなくてよかった。誘拐されてもいなかったし。助かったよ。ありがとうな」

「本当にそう思ってる?」

「もちろんじゃないか。笹倉が来てくれなかったらって思うとぞっとするよ。もし、絵本の中にいるってことを発見してても、呼び戻し方なんて考えつかなかっただろうし」

「ふうん、小野寺君がそう思ってるんなら、ま、いいか」

「なんだよ、その思わせぶりな態度」

 リビングの隅に置かれた電話が鳴った。優太が電話にかけより、リサちゃんがあとを追おう。


「あ、ママ? うん、そうなんだけど、もう大丈夫。リサはちゃんといるよ。えっとね、おやつを食べて、眠くなっちゃってさ、絵本の中に入ってしまってたんだって。うん、元気だよ。結婚式は終わったの?」

 イザベラさんは今になってようやく留守番電話に気づいたようだ。小さい子ども二人だけで留守番させているにしては、ずいぶん遅いように思う。いや、今回に限っては気づくのが遅くなってよかったのかもしれない。美月が来てくれる前のタイミングだったら、警察を巻き込んだ大騒動になっていた可能性がある。結果オーライということか。

「早く帰ってきてよ。うん、わかった。ちゃんとする。バイバイ」

 とくにもめることもなく、やりとりは無事に終わったようだ。僕を呼び出したことや美月がいることは伝えなかったようなので、たぶん今の電話で今回の件は終了ということにななるだろう。


「優太、兄ちゃんたちはもう帰っても大丈夫か」

「うん、ママたちもうちょっとで帰ってくるって」

 リサちゃんがとことこと走り寄ってくる。

「健太兄ちゃん、いつ来たの」

「うん、ちょっと前にね。優太が二人だけの留守番だとさみしいようって、電話をかけてきたんだ」

「リサはお兄ちゃんがいれば平気だよ」

 そう言って、リサちゃんは胸を張った。


「お姉ちゃんはだれ?」

 僕への用件はもう終わったらしく、リサちゃんの関心は美月に向けられた。

「Hey there, Lisa! I'm one of Kenta's friends, and my name is Mizuki Sasakura.」

「あ、英語。Hi, Mizuki! I'm Lisa.」

「Lisa, your English is really good!」

「Thanks! My mom taught me. Hey, Mizuki, are you dating Kenta?」

「Haha, well, something like that.」


 ネイティブな発音過ぎて何を言ってるのかさっぱりわからないが、僕と話すよりもずっと楽しそうだった。リサちゃんと美月はしばらくきゃっきゃと盛り上がって話をしていたが、やがて互いにバイバイと手を振って、友好的な会話は終了した。優太はそんな二人の様子を少しうらやましそうに見ていた。


 これにて一件落着。

 と思ったが、僕は本当のことを何もわかってなかったのである。

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