リサを呼び戻せ
「なるほどねえ」
美月は胸の前で腕を組み、うんうんと大きく二回うなづいた。
「優太君の発見はとても重要だと思うよ。難しい言葉で言うと、論理的だからね」
優太はまぶしそうな目で美月を見つめる。
「論理的に考えて、リサちゃんが戻ってこられない理由はわかった。理由がわかれば、どうすればいいかってことを論理的に考えられるよね」
美月に見つめ返された優太は、ちらっと僕の方を見た。美月には、優太君自身に考えさせようという意図があるのだろう。ならば僕がでしゃばるべきではない。「優太はどうすればいいと思う?」とだけ声をかけておく。
優太は絵本を手に取り、また最初のページから見直し始めた。
「あのさ、森から出るための合言葉を考えて、ここに書いたらだめかな」
優太は、うす暗い森の中でリサとフレディが向かい合う場面が描かれたページを示し、探るような口調で提案した。
「いいね。そのアイデア、試してみる価値ありだと思う」
美月は右手の親指を立てウインクをしてみせた。
「どんな合言葉にしようか。優太君、考えてみて」
「ぼく、リサと違って英語がわからないんです」
「英語じゃなくてもいいよ。日本語で考えてくれたら、私が英語にするから」
優太は、「はい」と明るい返事をし、「うーん、うーん」とうなりはじめた。
「入るときの合言葉が、『夢見る森よ、私を招き入れておくれ』だったから――」
美月がそんな優太をじっと見ている。僕も息をつめて待つ。
『夢見る森よ、私をここから出しておくれ』
優太が考えた合言葉を美月はあっという間に英語に訳し、スマホのメモに打ち込んでテーブルの上に置いた。
"O Dreaming Forest, release me"
「さあ、これで準備はOKね。絵本には誰が書き込む?」
聞くまでもないとは思ったが、これが美月のやり方らしい。
「ぼくが書きます」
「うん、そうだね。私も小野寺君も、きっと優太君がそう言うだろうと思ってた」
美月は肩から掛けていたポーチから細身のペンを取り出し、「これを使っていいよ」と優太に手渡す。
「ちゃんと書けるかな」
「スマホの画面に出てるやつを真似すればいいだけだよ。あ、ちょっと待って」
テーブルの向こう側から回り込んできた美月が優太の隣に寄り添い、優太が持つペンのキャップを外した。
「これ、万年筆だから、あまり力を入れないで書いてね。字は大きくなっちゃってもいいからゆっくり書こうか。で、どこに書く?」
「フレディの背中に書きます」
「なぜそこに書くの」
「リサはクマのぬいぐるみに背中から抱きつくのが好きだから、ここに書いてあったら見つけやすいと思います」
「さすがお兄ちゃん、妹のことよく知ってるね」
優太は美月の手助けを受けながら、英語の合言葉を絵本の中に書き込んだ。フレディの背中から少しはみ出したが、ちゃんと読める形になっている。
「さあ、あとはリサちゃんがこの合言葉に気づいてくれることを祈るだけ、なあんて悠長なことを言ってる場合じゃないよね。絵本なんだから、声に出してリサちゃんに読んであげようか」
美月は立ち上がり、優太と僕の背後にあるソファの後ろへと移動した。
「私が英語で話すから、絵本を見ながら真似して続けてみて」
優太は、「はい」と言って、絵本を両手で持ち、テーブルの上に立てた。
"O Dreaming Forest, release me"
ゆっくりとした発音で、僕にも聞き取ることができた。優太はすっと息を吸ってから、美月の英語をなぞった。
「オ ドリーミング フォーレストゥ ロリス ミイ」
「OK、いい発音だったよ。さあ、次のページに行こうか」
優太がページをぱたりとめくると、明るい日差しに照らされた庭の景色が目に飛び込んでくる。背後から美月が英語と日本語でお話を読み上げる。
The whole forest rustled again and said "Goodbye, little miss.” From somewhere. And then Lisa felt herself grow light as a feather again , and before she knew it , she was sitting on a bench in the garden basking in the sun .
『森全体がざわざわと鳴って、「さようなら、小さなお嬢さん」という声が聞こえてきました。
するとリサの体はふわりと軽くなり、気がつくと、お庭のベンチに座って日なたぼっこをしていました。』
背後のソファがぎゅっと音を立てた。
「お帰り、リサちゃん。お兄ちゃんがお待ちかねよ」
えっと思って振り返ると、ソファの上には、クマのぬいぐるみと並んで座るリサちゃんの姿があった。
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