リサと夢見る森
「この絵本はね、ママのイザベラさんがイギリスから持ってきたものだと思う。たぶん、イザベラさん自身が子どものから大切にしていたものじゃないかな。もしかすると、イザベラさんもそのお母さんから受け継いだのかもしれない。それぐらい古い絵本だと思う」
あらためてテーブルに置かれた絵本を見る。全体が薄い褐色に変色しており、表紙には昔っぽいヨーロッパの街並みとその向こうに見える暗い森という感じの風景が描かれている。たしかに古そうだ。いや、相当に古い。美月が黙って表紙の上部を指さした。凝った飾り文字が並んでいる。
Lisa and Dreaming Forest
これぐらいの英語なら僕にもわかる。「リサと夢見る森」という感じだろうか。
ん? えっ、リサ?
「気がついた? この絵本の主人公はリサっていう名前の女の子。リサちゃんの名前はここから取ったんじゃないかな。優太くんは何か聞いてない?」
「ママも父さんも、そういう話はしてなかったかな。でもリサは、私の名前はこの絵本に出てくる女の子の名前と一緒なのって、うれしそうに言ってました。ぼくにはよくわかんないけど、リサなんてそんなに珍しい名前じゃないみたいだし、たまたまなんだろうなって思ってました」
「うん、そうだね。たまたまかもしれないね。人様の名前の由来を勝手に決めつけたらだめだな。反省反省」
美月は自分の頭をポンポンとたたいてみせた。
「そうだ、優太くんに質問。今日の二人のおやつはママが作ってくれたマドレーヌだったんじゃない?」
「はい、そうです」
「やっぱりね。なるほどなるほど、これはますます面白くなってきましたよ」
「なに一人納得してんだよ。さっきから全然意味が分かんないぞ」
美月は、「だよねえ、ごめんね。じゃあ、まず最初のページを見てくれる?」と言って、表紙をめくった。
外国風の庭の真ん中に丸いテーブルと椅子が置かれ、椅子の上には金髪の小さな女の子がちょこんと座っている。
そんな風景が古めかしい絵柄で描かれていた。
「ほら、この女の子、もしかしてリサちゃんに似てるんじゃない?」
たしかにリサちゃんも母親のイザベラさんゆずりの金髪だった。ただ、絵本に描かれた小さな女の子の顔なんて、みんな似たり寄ったりになるんじゃないだろうか。
「それは、まあ、その通りだね」
美月は僕の意見をあっさりと認めた上で、「ここ、読んでみて」と、見開きの右側のページに書かれた英文を指し示した。
Lisa was the merriest lass in all the western village. One afternoon, after she had eaten a madeleine that her mama had baked for her, she sat on a bench in the garden and basked in the sun.
四つ目の単語の時点でわからない。いったんつまずくと、そこから先に見知った単語があってもまるで頭に入ってこない。要するに僕は英語が大の苦手なのだ。
「笹倉は読めるのか、いや、全部読んだんだよな」
「これ、子ども向けの絵本だからね。文法とかは難しくないけど、あまり見たことのない単語とか表現が出てくるから、完全にはわからなかったよ。たぶん、古い英語が使われているんだと思う」
「ふうん、で、ここにはなんて書かれてるんだ」
美月は、「童話風に訳したら、こんな感じかな」と言って、少しつかえながら日本語に訳していった。
『リサは西の村で一番元気な女の子。ある日の昼下がり、リサはママの作ってくれたマドレーヌを食べたあと、お庭のベンチに座って日なたぼっこをしていました』
ありふれた童話の冒頭部分だなと思った。
「ここを読んで、今日のおやつはマドレーヌだったのかって聞いたんだな」
「そう。このお話の始まり方と、今日のリサちゃんの状況はよく似ているでしょ」
「まあ、似てるかな。でもさ、それだって――」
「ストップ。言いたいことはあると思うけど、もう少し私の話を聞いて」
美月はページを一枚めくった。
最初のページとは雰囲気ががらりと変わり、薄暗い空をバックに真っ黒な樹々の生い茂る大きな森と、その前に立つ小さな女の子の後ろ姿が描かれていた。
美月がまず英文をきれいな発音で読み上げ、続けて日本語訳をとつとつと口にしていった。
But soon the sun hid behind a cloud, and a chilly wind brushed Lisa’s cheek. And then Lisa felt herself grow light as a feather, and before she knew it, she was standing before a dark and great forest.
『しばらくすると太陽が雲にかくれ、ひやりとした風がリサの頬をなでました。するとリサの体はふわりと軽くなり、気がつくと、黒くて大きい森の前に立っていました』
美月はさらにページをめくった。
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