助っ人登場

 エントランスから外に出ると、まぶしい光に目の奥が痛んだ。八階のベランダから見えた場所はどこになるのか。頭の中に鳥観図を思い浮かべながら、建物の壁に沿って敷地の裏手に回り込んでみる。

 前方にそれらしいツツジの植え込みがあった。見上げると、幅広のベランダの手すりが青い空に向かってずらりと並んでいる。ここで間違いないみたいだ。再び鼓動が高まり始めた胸に手を当て、僕は周囲を注意深く観察しながら先へと進んだ。

 リサちゃんも、それらしい痕跡も見当たらなかった。ほっとしたが、おかげで謎はさらに深まった。リサちゃんは玄関から出ていない、窓やベランダからも落ちていない、でも部屋からは消えてしまった。

 本当か。本当に見落としはないだろうか。せっかく外に出てきたのだから、とりあえず全部見ておこうと、マンションの周囲をさらに二周したが、結局何も見つからなかった。


 困った。この後どこを探せばいいのか見当がつかない。やはり警察に連絡するべきなのだろうか。でもこんな状況で警察は動いてくれるだろうか。そう思う一方で、「もっと早く警察に連絡しておけばよかった」という、どこかで聞いたことのある台詞が頭の中でぐるぐると再生される。

 ひとまず部屋に戻ろう。

 かがみ込み過ぎて痛くなった腰をかばいながらそろそろと背を伸ばす。両腕をうんと突き上げると背骨がぼきぼきと鳴った。


「どうしたの? 探し物?」

 聞いたことのある声がした。振り返ると、同じクラスの笹倉美月がマンション前の歩道から手を振っていた。

 学校ではあまり話したことはないが、席が近いのでまったくやりとりがないというわけでもない。数ⅡBのことで何度か教えてもらったこともある。親しいとまでは言えない微妙な距離感だが、完全に行き詰っていた今の僕にとっては心強い助っ人に見えた。僕は美月が立ち去る前にと早足で駆け寄った。

「なになに、ちょっと怖いんだけど」

「笹倉、今、時間あるか」

「あるよ、ひまだから散歩してたんだ。おじょうさんぽってやつね」

 ツッコミを期待しているのかもしれないが、今の僕にそんな余裕はなかった。

「ひまなら相談に乗ってくれ、いや、乗ってください」

 よほど僕の口調が切羽詰まっていたのだろう。美月は笑顔を引っ込めて、「いいよ」とうなずいた。


「面白いね。うん、すごく面白い」

 僕の説明を聞き終えた美月は、面白いを繰り返し、それでいて笑うではなく思案顔で宙に視線を向けた。

「面白いって、おい、こっちは真剣なんだからな」

「あ、ごめん。言い方が悪かったね。興味深いに訂正する」

 美月はぺこりと頭を下げ、そのはずみで後ろに束ねていた髪がぴょこんとはねた。

「やっぱり警察に相談した方がいいよな」

 背中を押してほしくて言った言葉だったのだが、予想に反した「ちょっと待って」が返ってきた。


「その妹さんはベランダから落ちてなかった。玄関のドアがしっかり施錠されてたことも間違いがなさそう。だとすれば、その妹さんは部屋から出てないよね」

「理屈ではそうなるんだけど、いないんだよ」

「理屈は大事だよ」

 美月は額に人差し指をそっとあてた。

「私にその部屋を見せてくれない? 三人寄ればなんとやらって言うじゃない。それでもお手上げってことになったら、警察に相談するということで」

「いいのか。そこまでやってもらっても」

「怒らないで聞いてよ。もちろん妹さんのことは心配だけど、それ以上に小野寺君が説明してくれた不可解な状況に興味がわいてしまったんだ。すっごい魅力的な問題だけ出されて、正解を知らないまま『ハイ終了』なんて無理。だからね、この件に関わらせてほしいっていうのは、むしろ私の方からのお願い」

「わかった。協力してくれるならなんでもいいや」

「じゃあ行きましょう」

 美月は先頭に立ち、マンションに向かって颯爽と歩き出した。

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