消えた少女と童話の絵本
@fkt11
リサが消えた!
「リサが消えちゃった!」
日曜日の午後三時過ぎ、これといってやることもなく、部屋でスマホをいじりながらごろごろしていると、いとこの優太から電話がかかってきた。
「なんだよいきなり。リサちゃんが消えたって? わけがわかんないぞ」
「だから、リサがいなくなっちゃんたんだよ。健太にいちゃん、どうしよう」
切羽詰まった優太の声がいたずらや冗談ではないことを物語っている。
「落ち着け。はじめからちゃんと説明しろ」
受話器越しに息を整える様子が伝わってきた。こちらも体を起こして耳に意識を集中させる。優太の説明によると、両親は朝から親類の結婚式に出かけ、優太とリサの兄妹は二人で留守番をしていた。午後のおやつを食べた後、二人はリビングでそれぞれマンガと絵本を読んでいたのだが、急にお腹が痛くなった優太がトイレに入っていた五分足らずの間に、リサの姿が消えてしまったというのだ。
つい先日、小さな子どもが一人で家を抜け出して行方不明になるというニュースをテレビで見たばかりだったので、優太はあわてて玄関へと走った。リサちゃんはまだ四歳、その行動は読めないことが多い。玄関には鍵もドアガードもかかっていた。マンションなので出入口はここしかない。つまり外には出てはいないはず。でもリサの姿はない。すぐに父と母に電話をしたが、ちょうど式の真っ最中なのか、どちらも留守番電話の設定になっていた。リサがいなくなったという伝言は入れたがまだ返信はない。自分一人ではどうしていいかわからないからとにかく来てほしい。そううったえる優太の説明はいつの間にか涙声になっていた。優太は小四にしてはしっかりしているが、それでも心細いだろう。
「わかった。すぐに行くから何もしないで待ってろ」
僕は自転車の鍵とスマホをポケットに押し込み、前のめりの体勢で部屋を飛び出した。
優太のマンションには五分で着いた。自転車を降りたとたんに息苦しさがやってきて、ぼくは両ひざに手を置き、ぜいぜいと背中を上下させた。
足をもつれさせながらエントランスの脇まで歩き、インターホンのテンキーで「8」「0」「5」「呼出」をプッシュする。
「健太にいちゃん!」「リサちゃんはまだいないままか」「うん」「ドア、開けてくれ」
「今開ける」の声と同時に低いモーター音がして自動ドアが開く。少し遅れてエントランスからひやりとした空気が流れだしてきた。
一階で止まっていたエレベーターに乗り「8」のボタンを押す。四角い個室の中でふと見上げた天井には、半球状のカバーに覆われた監視カメラがあった。そうか、マンションにはあちこちに監視カメラがあるはずだから、もしリサちゃんが外に出て行ったならその姿が映っているはずだ。もしものときは管理会社に連絡をして――
そんなことを考えているうちに八階についた。
ドアの横にあるインターホンのボタンを押す。待ち構えていたのだろう、直後にガチャガチャと音がしてドアが内側から押し開けられた。
玄関で出迎えてくれた優太は泣きべそをかいていた。リサちゃんはまだ消えたままだという。しゃくりあげる優太の頭をなでてやり、もう大丈夫だからと根拠のないなぐさめを言う。そんないい加減な言葉でも、とにかく一人ではなくなったという安心感が生まれたのか、優太は「うん」とうなずいて、ごしごしと涙をぬぐった。
玄関のドアはツーロックで、さらにU字型のドアガードもついている。優太によれば、リサちゃんの姿が消えていることに気づいたとき、まずこの玄関に走り、ロックの状態を確認したということだった。
「だからね、リサは外に出てないはずなんだ」
「なるほどな。じゃあもう一度、二人で家の中を探してみよう」
「わかった」
僕と優太は玄関に一番近い子供部屋から順に、両親の寝室、風呂場、納戸、キッチンを確認していった。各部屋ではクローゼットの中、ベッドの下をのぞき込み、風呂場は浴槽の蓋を開け、洗濯機の中もチェックした。
「いないなあ」
「ぼくも同じとこを探したんだよ」
そう言って、優太は唇をとがらせた。
「それでも見つからないから健太にいちゃん電話したんだ」
「そうだろうとは思ったけどさ、念のために二人で見ておいた方がいいだろ」
「うん、まあね」
二人でリビングに戻った。我が家とは違ってすっきりと片付いている。
部屋の中央には毛足の長いラグマット、天板がガラス製のローテーブル、ローテーブルの上には読みかけの絵本、三人掛けのソファには小柄な女性ぐらいありそうなクマのぬいぐるみが手足を広げて座っている。向かって右側の壁に50インチほどのテレビ、その横に雑誌の背表紙が並ぶ小さな本棚が置かれている。ほのかに甘いお菓子の香りが漂い、南に面した大きな窓からは午後の日差しが柔らかく差し込んでいる。のどかな光景だなと思いながらレースのカーテンの隙間に目をやると、ロックが解錠されているように見えた。
まさか。
背中に寒気が走った。僕は胸の内の動揺を優太に悟られないようさりげなく窓の方へと近寄り、ロックの状態を確かめた。
やっぱり開いている。
窓枠に指をかけそっと力を加えると、カラカラと軽い音がして窓は全開になった。
「どうしたの」
「うん、ちょっと風を入れようと思ってさ」
そう言いながらベランダに出た。ここにもリサちゃんの姿はない。そっと手すりから身を乗り出し、ドキドキしながら地上をのぞき込む。ぱっと見た感じでは、そこに恐れていた光景はなかったが、地上まではかなりの距離があり、真下にはツツジかなにかの植え込みがあるので、ここから見ただけでは絶対に大丈夫だとは言い切れない。やっぱり下に降りて確認したほうがいいだろう。
部屋に入り窓を閉めてから優太を呼び寄せた。
「優太が言うようにリサちゃんは外に出てはいないと思うんだけどさ、念のために管理員さんの所に行って監視カメラに何か映っていないか確認してくるよ」
「ぼくも行っていい?」
「だめだ」
「なんで、ぼくも見たいよ」
「優太は電話番だ」
「電話番?」
「ほら、万が一、リサちゃんが外に出ていたとしたら、それを見かけた人が電話で知らせてくれるかもしれないだろ。そのとき、誰も電話に出ないとまずいじゃん」
「そうか、そうだね。じゃあ電話番する」
「頼むよ。もし、何かあったら僕のスマホに電話してくれ」
「わかった」
その場の思いつきにいしては、なかなかいい理由だと自画自賛しながら、優太に見送られて玄関を出た。背後でガチャリと施錠する音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます