5.喉を開く、そして吊るす【ホラー】
久しぶりに夢が記憶に残ったので、このシリーズを増やそうと思い、こうして筆を執っている。
タイトルには迷いに迷ったが、あまりにも血生臭くなるのでこのようなものになった。
私の夢はいつも謎だが、今回は輪をかけて謎が深く、更には物騒きわまりないという、少し自分が心配になる内容だった。
グロテスクなものに耐性のない方は気を付けてほしい。
さて。
夢の中で私は自宅にいて、現実と何も変わらない自室にぼんやりと立っていた。夢で自宅にいることは珍しいので思い返してみると新鮮である。
そして私の前には見知らぬ男が仰向けに倒れていた。これといって特徴のない顔立ちをしていたように記憶しているが、額にこぼれた黒髪が緩い癖毛であったのが印象に残っている。
男は、何やら薬品でも打たれたのか、意識は朦朧としていて、体を硬直させ、床に転がっていた。その目はカッと見開かれている。だが私を見てはいなかった。
夢の中の私はその男をよく知らないらしい。だが「別にいい」と考えていた。そして夢の中の私は「殺そう」と呟く。
…………え?? 見知らぬ人を殺すの??
今思い返せば大混乱だが夢の中の私の意識は研ぎ澄まされ明瞭であった。理性的であったし、いっそ怖いほどに落ち着いていた。
夢の中の私は、その手に鋏を握り締めていた。シャキリと開き、それを躊躇いなく目の前の男の、無防備にさらされた太い喉へあてがう。
普通に考えれば分かることだと思うのだが、鋏で人体を切ることは難しい。切れたとしても薄皮数枚が精々だろう。それに自宅ならば台所に刺身用の柳刃包丁があるではないか。何故鋏なのか。馬鹿なのか。
先程「夢の中の私の意識は研ぎ澄まされ明瞭であった。理性的であったし、いっそ怖いほどに落ち着いていた」などと書いたが、どうにも理性的ではないように思えてくる。
案の定、喉は上手く切れなかった。
しかし夢の中の私は粘った。鋏を開いた状態で固定し、刃の部分を必死に男の喉に押し付け、引き、押し、引き。
それでも喉は切れません(大きなカブ風味)。
だが繰り返すうちに、男の喉は少しずつ傷つき、抉られて、開かれていった。惨いことである。彼はまだ生きていた。
何故夢の中の私はこんなことをしているのか。何故こんな残酷なことを、しかも見知らぬ相手にだ。
あまりにも酷い精神への拷問であった。しかし自分の夢なのでこれは「精神への拷問 (セルフ)」である。
やがて、男の喉がぱっくりと開いた。
彼はまだ息をしている。喉に開いた傷からヒュー、ヒュー、と呼吸の音が漏れていた。喘鳴のような音であった。
ほとんど出血がなかったのが不思議だ。
だが夢の中の私はまだ止まらない。
夢の中の私はこの傷から血抜きをしようと考えていた。家畜の血抜きのように、逆さに吊るすつもりであった。
頸動脈は皮下2~3㎝にあるという。鋏で作った傷では到底届かなかった。刃をそこに届けなければ、このまま吊るしても時間がかかるだけだな、と夢の中の私はぼんやり考えていた。
更に夢の中の私は、この見知らぬ男を生きたまま血抜きして、失血死させたいらしい。恐ろしい。恐怖である。
鋏の先で喉の傷をつついて考える。それからふと目を天井へ向けて「……ここで切ったら血が噴き出して汚れるじゃん」と思い当たった。
なるほど、確かに頸動脈は太い血管で傷つくと大変勢いよく血が噴き出すのは周知の事実。だがしかし躊躇すべきは本当にそこだろうか夢の中の私よ。
ベランダへ出して、先に吊るしてしまおうか。夢の中の私はそう考えて、男をずるずるとベランダへ引きずり出した。
そしてどこからか縄を取り出し、それを男の両足に固く結んで、いざ吊し上げ、というところで。
「警察だ!!」
まさかの現行犯逮捕であった。
夢の中の私は、踏み込んできた警察を見つめて「あー残念」とでも言いたげな顔をして、大人しく連行されていた。今これを書いている現実の私は安心している。本当に取っ捕まって良かった。
本読みの経験上、こういう猟奇犯罪系のサイコパス風味の犯人は、同じようなことを捕まるまで繰り返す。夢の中とは言え自分がそうならなくて良かった。
そして連行の途中で、アラームに起こされた。
……いったい、私は何を思ってこんな夢を作り出したのだろう。悩みがあるなら聞くよ? と思ってしまう。
男の血と脂にまみれ、ぬらぬらとしていた鋏が忘れられない。いやにリアルな質感だった喉の傷が忘れられない。
何の記憶がこの夢を構築したのか、気になって仕方がない。
一つ、誤解しないでほしいのは、現実の私はそんな物騒で残忍な人間ではないということだ。自分でもこの夢にドン引きしているので優しくしてほしい。
物凄く嫌な夢だった。
今夜の夢は幸せな夢がいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます