3.全くもって自分と違う自分の姿【その他】
久々に変な夢が記憶に残った。
かなり前に見た水死体の夢以来である。
今回の夢はホラーではない、微かにコメディの匂いのする地味なもので、しかし書き手としての私のこころに響く言葉があったので文章化してゆくこととする。
ジャンルは決めあぐねている。ファンタジー風味もあり、ヒューマンドラマ風味もあり、コメディ風味も微かに、という具合。致し方なくここでは「その他」に振り分けることとする。
さて、始まりは屋内、現実で行ったばかりの大型商業施設の映画館部分だけを切り取ったような建物の中であった。
私は手に持った荷物をがさごそと整理していて「羽根は持ってかないと……」と呟いていた。鞄の中から取り出した羽根は、たしか、柔らかな象牙色をして、ほのかに輝いていたように思う。
それは驚くべきことに「飛行することができるようになる羽根」だった。そんなものは存在しないので知りようもないはずだが、夢の中の私にとっては常識だった。
私はそれを握りしめて、ふうわりと飛ぶつもりであるらしい。
屋内で何故飛行する必要があるのか甚だ疑問である。
しかしそこで大きな鴉が飛んできた。本当に大きい鴉だった。指輪物語に出てくる大鷲を想像してみてほしい。あんなサイズ感である。
私の隣にすとんと降りてきた鴉はこちらを見ると「そんなもん置いてけよ。乗せてやるから」とやけにいい声で喋った。とても良いバリトンボイスだった。
夢の中の私は、その鴉を知っていたようで何やら名前を呼んでいたがこれは記憶に残っていない。
鴉は私の鞄を眺め「なんだってそんな自分の本を持ち歩くんだあんたは」と呆れたように羽を震わせた。
はてと手元を見下ろすと、鞄の中には7冊の本が入っている。運ん読というやつだろうか。普段の私はせいぜい文庫本1冊しか持ち歩かないのだが……
「……まだ、実感がない」
そこで不意に夢の中の私は鴉に答えた。
え、何の話。
私を置き去りに、私と鴉は話を続ける。
「そうかい。情けねぇなぁ作家センセイ」
えっ、作家先生??
何と言うことだろう。夢の中の私は作家として7冊もの本を出しているのだ。何だこれは、妄想が過ぎて少し恥ずかしい。
私はその場に座り込んで、7冊の本を床に並べた。ばっちいからやめろ。そして公共の場でそういうことをするんじゃない。
並んだ本を見て、私は「私が書きそうにないやつばっかりだな」と非常にがっかりした。
ファンタジーはなかった。全てが現実世界の、しかも現代日本のヒューマンドラマものだったのである。
タイトルは覚えていない。どれも温かみのある雰囲気だったとしか。しかしその後の鴉の言葉がとても印象的だった。
「……タイトルにはよ、作家が1番大事に思ってるモンが表れるらしいぜ」
「1番大事に思ってるもの」
「ああ……あんたは『人』が大事なんだな」
鴉は眩しいものを見るように目を細めて笑った。私は驚いて、その顔を見ているしかなかった。
いやいやいやいや、何それぇ……
だがしかし正直な感想はこれである。なんか感動しているふうに鴉を見つめているけれど大混乱である。
私にとって『人』ほど興味の向かないものはない。個人になら興味を持つことはままある。しかし『人』全体を大事に思ったことはないのだ。
私が真に大事に思っているのは、強いて言えば『家族』である。私の家族はひたすらに愉快だ。変人の集い、奇人の宴であるからして。
だから私の作品には『家族』というテーマを持つものが多い。というか連載はほとんどそうだ。
しかしタイトルに『家族』が入っているものは皆無。というか大事に思っているものを毎度タイトルに入れるなんて難しすぎる。やってのけていたらしい夢の中の私は超絶技巧の持ち主に違いない。
だがまあ、いい感じの言葉ではあるなと思った。
鴉はいいこと言ってるふうに適当を抜かしているに違いない。私はそんな疑いと共に目を覚ました。結局飛行することはできなかった。楽しそうだったのに。
今回の夢も不思議だった。
まず喋る大きな鴉は何の記憶や経験から発生したのだろう。
映画館に関しては行ったばかりだったので納得がいく。しかし観たのはファンタジーではない。
それに不思議アイテム羽根、今と全く方向性の違う作家になった自分。
どんな記憶と経験でこの夢が錬成されたのか全く分からなかった。しかしまあ面白かったと思う。
どうも私は夢の中の固有名詞を覚えていられないようだ。今回の本や鴉の名前だけでなく、前回の水死体の際の黒髪の友人の名前も覚えていなかった。
覚えて、そのまま戻ってきてはいけないのだろうかと少し考える。
固有名詞は、名前は、呪である。
夢の中と強固な縁を結ぶことはいけないことなのだろうか。そう、思った。
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