2.泳ぐ死体と見知らぬ友~青に揺らぐ水槽~【ホラー】
久々にしっかりと記憶に残る不思議な夢を見たので、以前もやったようにこうして文章にしてみようと思う。
ただ、前作のネコチャンを読まれた方に注意を一つ。今回の作品は不思議なだけでなく不気味で奇妙なので、ハチャメチャに面白くはないかもしれない。
それでも良ければ、どうぞ、私の不思議な夢の話を読んでいってほしい。
はたと気づいた時には、私はぼんやりと明るい水槽の中にいた。
閉めっきりの立方体、壁も天井も全てがプールの様な水色である。出口はなく、普通の水槽のようにガラス張りの部分があるわけでもないそこは、それでもぼんやりと明るかった。
ふよふよと、黄緑色の糸の様な水草が揺蕩っている。ばっちいな、と思ってそれを避ける私は間違いなく私自身であった。
ふと顔を上げると、それなりに広い水槽の青の中を奇妙なものが五つ、泳いでいるのが見えた。
目を凝らすまでもなく、それがボロボロの水死体であることが分かって、私は怖がる――わけでもなく「あれま」とよく分からぬ感想を抱く。
五つとも(果たして水死体を数える正しい単位は何なのだろう?)下半身は無く、腕の無いもの、頭皮が剥がれたもの、様々な損傷具合をしていた。
普通なら怖いはずだろう。でも、何故だかそれらは全く怖くなかった。私はただひたすら、ゆらゆらと水槽の中を泳ぐそれらを見つめていた。
ちら、と隣を見る。
そこには水死体ではない、一人の少年がいた。さらりとした黒髪、水の影が白い頬に揺れている。彼は静かな目で水死体たちを眺めていた。
全く知らない人である。しかし、夢の中の私は彼が己の友であると知っていた。
どうして私は友と共にここにいるのだろうか。
少年はじっと動かずにいるので、暇をもて余した私は思い付いたように水槽の床を蹴った。水死体たちが糸の様な水草を踊らせながら泳ぎ回る水槽の中央へ。やはりいくら近づいても彼らを怖いとは思わなかった。
少し気になって、近くを泳いでいた水死体の少女の顔を覗き込む。直後、少女はボロボロの頭をこちらに向け、真っ白な目で私を睨んだ。
「見ないでっ!!」
ぼんやりと音の濁る水中なのにその声はハッキリと聞こえた。叫んだ彼女は私のそばを素早く離れて水槽の中央をぐるぐると激しく泳ぎ回った。
女の子だったから、ボロボロになった顔を見られたくなかったのかな、と私は反省して友である少年の隣に戻る。
そこで何をするでもなく水死体たちを眺めていたが、しばらくして少年がポツリと「僕たちが……」と口を開いた。
「僕たちがもっと早く◯◯していればこうはならなかった」
◯◯の部分は聞き取れなかった。
夢の中で、水死体たちがぐるぐる泳ぎ回る状況を作り出したことの責任を何故か背負わされたのは、何とも不思議な気持ちだった。
上手く言葉にならないまま曖昧に頷いた私に少年は「帰ろう」と言う。
その言葉を聞いて気づいた。
この、私の友であるらしい少年もまた、水槽の中を泳ぎ回る水死体たちの仲間なのだということに。ここで唯一生きているのは私だけで、帰ることができるのも私だけということに。
言ってから少年自身も気づいたらしかった。思い出した、と言ってもいいだろう。
彼は溜め息を漏らし、私に向き直った。彼の溜め息が水の中を昇っていく中、私は彼の言葉を聞きたくないと感じて数歩の距離をゆるゆると後退した。
知らないはずの友。でも夢の中の私にとっては大切な人であるらしい。この水槽の中から出ることができない彼を置いて帰るのはとても嫌だった。
「……君だけでも帰ってよ」
そう言って、私が離した数歩分の距離を簡単に詰めた彼は私の両肩を押した。
出口のないはずの水槽から放り出された私は目を覚まして、ぼんやりとしたままただ「暑い」と思った。現実世界は酷暑の朝だった。
あの揺らぐ青と死体の泳ぐ景色が夢だったことを、名も知らぬ大切な友を独り置いてきたことを、ハッキリと認識しながら身を起こす。
見たことを忘れないうちにメモをしておき、帰宅した夕方これを書いている。私が夢の内容をここまで覚えているのは珍しいことであり、特に今回はぽっかりと穴の空く様な寂しさが残されていたからだ。
いったい何なのだろうか。
前作で、夢は記憶の整理のため情報を適当に組み合わせて生まれるものだと知ったが、泳ぐ水死体とは……
本当に、いったい何なのだろう。
私と友である彼はいったい何をしなかったのだろうか。何故、あの水死体たちは水槽の中を泳いでいたのだろうか。彼は、彼もいずれは、彼らと同じボロボロの姿になってしまうのだろうか。
ただ「何かをしなかったがための後悔」には少し覚えがある。
今、一年溜まった自粛疲れで憂鬱なために、しなければならない決断をずるずると先延ばしにしている状況だ。これを続けて結局決断をしなければ、私はいずれ後悔すると思う。
私は私自身に決断を迫られているのかもしれない。
泳ぐ水死体の夢を見た人がいたら是非語り合いたい。こんな変な夢、不思議なことが多い夢にしても少数派が過ぎる。
この不可思議な寂しさは、やけにリアルで生々しい。まさに夢のような青い景色から得た思い出にしては苦い、現実的な離別の感覚であった。
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